田村麻呂《たむらまろ》はかしこまって、さっそく兵隊《へいたい》を揃《そろ》える手《て》はずをしました。いよいよ出陣《しゅつじん》の支度《したく》ができ上《あ》がって、京都《きょうと》を立《た》とうとする朝《あさ》、田村麻呂《たむらまろ》はいつものとおり清水《きよみず》の観音様《かんのんさま》にお参《まい》りをして、
「どうぞこんどの戦《いくさ》に首尾《しゅび》よく勝《か》って、天子《てんし》さまの御心配《ごしんぱい》の解《と》けますように。」
と熱心《ねっしん》にお祈《いの》りをして、奥州《おうしゅう》へ向《む》かって立《た》って行きました。
奥州《おうしゅう》へ着《つ》いていよいよ高丸《たかまる》と戦《いくさ》をはじめてみますと、なるほど向《む》こうは名高《なだか》い荒《あら》えびすだけのことはあって、一|度《ど》戦《いくさ》をしかけたら勝《か》つまでは決《けっ》してやめません。味方《みかた》が残《のこ》らず討《う》たれて最後《さいご》の一人《ひとり》になるまでも決《けっ》して後《あと》へは退《ひ》きません。親《おや》が討《う》たれれば子が進《すす》み、子が討《う》たれれば親《おや》がつづくという風《ふう》に、味方《みかた》の死骸《しがい》を踏《ふ》み越《こ》え、踏《ふ》み越《こ》え、どこまでも、どこまでも進《すす》んで来《き》ます。
ですから田村麻呂《たむらまろ》の軍勢《ぐんぜい》も、勇気《ゆうき》は少《すこ》しも衰《おとろ》えませんが、さしつめさしつめ矢《や》を射《い》るうちに敵《てき》の数《かず》はいよいよふえるばかりで、矢種《やだね》の方《ほう》がとうに尽《つ》きてきました。いくら気《き》ばかりあせっても、矢種《やだね》がなくっては戦《いくさ》はできません。残念《ざんねん》ながら味方《みかた》が負《ま》けいくさかと田村麻呂《たむらまろ》も歯《は》ぎしりをしてくやしがりました。するといつどこから出て来《き》たか、大《おお》きなひげの生《は》えた男《おとこ》と、かわいらしい小さな坊《ぼう》さんが出て来《き》て、どんどん雨《あめ》のように射出《いだ》す敵《てき》の矢《や》の中をくぐりくぐり、平気《へいき》な顔《かお》をして敵《てき》の勢《せい》の中へ歩《ある》いて行って、身方《みかた》の射出《いだ》した矢《や》をせっせと拾《ひろ》っては、こちらへ運《はこ》び返《かえ》して来《き》ました。お陰《かげ》で身方《みかた》は射《い》ても、射《い》ても、あとからあとから矢《や》がふえて、いつまでもつきるということがありません。ますますはげしく射《い》かけましたから、さすがに乱暴《らんぼう》な荒《あら》えびすも総崩《そうくず》れになって、かなしい声《こえ》をあげながら逃《に》げ出《だ》しました。味方《みかた》はその図《ず》をはずさず、どこまでも追《お》っかけて行きました。敵《てき》の大将《たいしょう》の高丸《たかまる》はくやしがって、味方《みかた》をしかりつけては、どこまでも踏《ふ》み止《とど》まろうとしましたけれど、一|度《ど》崩《くず》れかかった勢《いきお》いはどうしても立《た》ち直《なお》りません。そのうち高丸《たかまる》も田村麻呂《たむらまろ》の鋭《するど》い矢先《やさき》にかかって、乱軍《らんぐん》の中に討《う》ち死《じ》にしてしまいました。田村麻呂《たむらまろ》はこの勢《いきお》いに乗《の》って、達谷《たっこく》の窟《いわや》という大《おお》きな岩屋《いわや》の中にかくれている、高丸《たかまる》の仲間《なかま》の悪路王《あくろおう》という荒《あら》えびすをもついでに攻《せ》め殺《ころ》してしまいました。
三
田村麻呂《たむらまろ》は奥州《おうしゅう》の荒《あら》えびすを平《たい》らげて、ゆるゆると京都《きょうと》へ凱旋《がいせん》いたしました。天子《てんし》さまはたいそうおよろこびになって、田村麻呂《たむらまろ》にたくさんの御褒美《ごほうび》をお授《さず》けになりました。そして改《あらた》めて征夷大将軍《せいいたいしょうぐん》という役《やく》におつけになりました。みんなはそれから後《のち》田村麻呂《たむらまろ》に田村将軍《たむらしょうぐん》という名《な》をつけて、尊敬《そんけい》するようになりました。
田村麻呂《たむらまろ》は自分《じぶん》がこれほどの名誉《めいよ》を受《う》けることになったのも、清水《きよみず》の観音様《かんのんさま》にお祈《いの》りをした御利益《ごりやく》だと思《おも》って、都《みやこ》に帰《かえ》るとさっそく清水《きよみず》にお参《まい》りをして、ねんごろにお礼《れい》を申《もう》し上《あ》げました。
さてこの時《とき》までも始終《しじゅう》不思議《ふしぎ》でならなかったのは
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