はや》く都《みやこ》に上《のぼ》って、おとうさんの代《か》わりにどんなおしおきでも受《う》けることにしよう。」
 こういって為朝《ためとも》はさっそく今《いま》の楽《たの》しい身分《みぶん》をぽんと棄《す》てて、前《まえ》に下《くだ》って来《き》た時《とき》と同様《どうよう》、家来《けらい》も連《つ》れずたった一人《ひとり》でひょっこり都《みやこ》へ帰《かえ》って行こうとしました。ところが長《なが》い間《あいだ》為朝《ためとも》になついて、影身《かげみ》にそうように片時《かたとき》もそばをはなれない二十八|騎《き》の武士《ぶし》が、どうしてもお供《とも》について行きたいといってききませんので、為朝《ためとも》も困《こま》って、これだけはいっしょに連《つ》れて都《みやこ》に上《のぼ》ることにしました。
 こういうわけで九州《きゅうしゅう》から為朝《ためとも》について来《き》た家来《けらい》は二十八|騎《き》だけでしたが、どうしてもお供《とも》ができなければ、せめて途中《とちゅう》までお見送《みおく》りがしたいといって、いくら断《ことわ》っても、断《ことわ》っても、どこまでも、どこまでも、ぞろぞろついてくる家来《けらい》たちの数《かず》はそれはそれはおびただしいものでした。為朝《ためとも》は力《ちから》が強《つよ》いばかりでなく、おとうさんに孝心《こうしん》ぶかいと同様《どうよう》、だれに向《む》かっても情《なさ》けぶかい、心《こころ》のやさしい人でしたから、三|年《ねん》いるうちにこんなに大勢《おおぜい》の人から慕《した》われて、ほんとうに九州《きゅうしゅう》の王《おう》さま同様《どうよう》だったのです。それでだれいうとなく、為朝《ためとも》のことを鎮西八郎《ちんぜいはちろう》と呼《よ》ぶようになりました。鎮西《ちんぜい》というのは西《にし》の国《くに》ということで、九州《きゅうしゅう》の異名《いみょう》でございます。

     三

 さて為朝《ためとも》は一|日《にち》も早《はや》くおとうさんを窮屈《きゅうくつ》なおしこめから出《だ》してあげたいと思《おも》って、急《いそ》いで都《みやこ》に上《のぼ》りました。ところが上《のぼ》ってみておどろいたことには、都《みやこ》の中はざわざわ物騒《ものさわ》がしくって、今《いま》に戦争《せんそう》がはじまるのだといって、人民《じんみん》たちはみんなうろたえて右《みぎ》に左《ひだり》に逃《に》げ廻《まわ》っていました。どうしたのだろうと思《おも》って聞《き》くと、なんでも今《いま》の天子《てんし》さまの後白河天皇《ごしらかわてんのう》さまと、とうにお位《くらい》をおすべりになって新院《しんいん》とおよばれになった先《さき》の天子《てんし》さまの崇徳院《すとくいん》さまとの間《あいだ》に行きちがいができて、敵味方《てきみかた》に別《わか》れて戦争《せんそう》をなさろうというのでした。朝廷《ちょうてい》が二派《ふたは》に分《わ》かれたものですから、自然《しぜん》おそばの武士《ぶし》たちの仲間《なかま》も二派《ふたは》に分《わ》かれました。そして、後白河天皇《ごしらかわてんのう》の方《ほう》へは源義朝《みなもとのよしとも》だの平清盛《たいらのきよもり》だの、源三位頼政《げんざんみのよりまさ》だのという、そのころ一ばん名高《なだか》い大将《たいしょう》たちが残《のこ》らずお味方《みかた》に上《あ》がりましたから、新院《しんいん》の方《ほう》でも負《ま》けずに強《つよ》い大将《たいしょう》たちをお集《あつ》めになるつもりで、まずおとがめをうけて押《お》しこめられている六条判官為義《ろくじょうほうがんためよし》の罪《つみ》をゆるして、味方《みかた》の大将軍《たいしょうぐん》になさいました。為義《ためよし》はもう七十の上を出た年寄《としよ》り[#「年寄《としよ》り」は底本では「年寄《としより》り」]のことでもあり、天子《てんし》さま同士《どうし》のお争《あらそ》いでは、どちらのお身方《みかた》をしてもぐあいが悪《わる》いと思《おも》って、
「わたくしはこのまま引《ひ》き籠《こも》っていとうございます。」
 といって、はじめはお断《ことわ》りを申《もう》し上《あ》げたのですが、どうしてもお聞《き》き入《い》れにならないので、しかたなしに長男《ちょうなん》の義朝《よしとも》をのけた外《ほか》の子供《こども》たちを残《のこ》らず連《つ》れて、新院《しんいん》の御所《ごしょ》に上《あ》がることになりました。
 そういうさわぎの中に為朝《ためとも》がひょっこり帰《かえ》って来《き》たのです。為義《ためよし》ももう昔《むかし》のように為朝《ためとも》をしかっているひまはありません。大《おお》よろこびで、さっそく
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