為朝《ためとも》を味方《みかた》に加《くわ》えて、みんなすぐと出陣《しゅつじん》の用意《ようい》にとりかかりました。
四
為朝《ためとも》はやがて二十八|騎《き》の家来《けらい》をつれて新院《しんいん》の御所《ごしょ》に上《あ》がりました。新院《しんいん》は味方《みかた》の勢《せい》が少《すく》ないので心配《しんぱい》しておいでになるところでしたから、為朝《ためとも》が来《き》たとお聞《き》きになりますと、たいそうおよろこびになって、さっそくおそばに呼《よ》んで、
「いくさの駆《か》け引《ひ》きはどうしたものだろう。」
とおたずねになりました。すると為朝《ためとも》はおそれ気《げ》もなく、はっきりと力《ちから》のこもった口調《くちょう》で、
「わたくしは久《ひさ》しく九州《きゅうしゅう》に居《お》りまして、何《なん》十|度《ど》となくいくさをいたしましたが、こちらから寄《よ》せて敵《てき》を攻《せ》めますにも、敵《てき》を引《ひ》きうけて戦《たたか》いますにも、夜討《よう》ちにまさるものはございません。今夜《こんや》これからすぐ敵《てき》の本営《ほんえい》の高松殿《たかまつどの》におしよせて、三|方《ぼう》から火をつけて焼《や》き立《た》てた上、向《む》かってくる敵《てき》を一|方《ぽう》に引《ひ》き受《う》けてはげしく攻《せ》め立《た》てることにいたしましょう。そうすると、火に追《お》われて逃《に》げてくるものは矢《や》で射《い》とります。矢《や》をおそれて逃《に》げて行《い》くものは火に焼《や》き立《た》てられて命《いのち》を失《うしな》います。いずれにしても敵《てき》は袋《ふくろ》の中のねずみ同様《どうよう》手も足も出《だ》せるものではございません。それにあちらへお味方《みかた》に上《あ》がった武士《ぶし》の中で、いくらか手ごわいのはわたくしの兄《あに》義朝《よしとも》一人《ひとり》でございますが、これとてもわたくしが矢先《やさき》にかけて打《う》ち倒《たお》してしまいます。まして清盛《きよもり》などが人なみにひょろひょろ矢《や》の一つ二つ射《い》かけましたところで、ついこの鎧《よろい》の袖《そで》ではね返《かえ》してしまうまででございます。まあ、わたくしの考《かんが》えでは、夜《よ》の明《あ》けるまでもございません。まだくらいうちに勝負《しょうぶ》はついてしまいましょう。御安心《ごあんしん》下《くだ》さいまし。」
といいました。
為朝《ためとも》がこうりっぱに言《い》いきりますと、新院《しんいん》はじめおそばの人《ひと》たちは、「なるほど。」と思《おも》って、よけい為朝《ためとも》をたのもしく思《おも》いました。するとその中で一人《ひとり》左大臣《さだいじん》の頼長《よりなが》があざ笑《わら》って、
「ばかなことをいえ。夜討《よう》ちなどということは、お前《まえ》などの仲間《なかま》の二十|騎《き》か三十|騎《き》でやるけんか同様《どうよう》の小《こ》ぜりあいならば知《し》らぬこと、恐《おそ》れ多《おお》くも天皇《てんのう》と上皇《じょうこう》のお争《あらそ》いから、源氏《げんじ》と平家《へいけ》が敵味方《てきみかた》に分《わ》かれて力《ちから》くらべをしようという大《おお》いくさだ。そんな卑怯《ひきょう》な駆《か》け引《ひ》きはできぬ。やはり夜《よ》の明《あ》けるのを待《ま》って、堂々《どうどう》と勝負《しょうぶ》を争《あらそ》う外《ほか》はない。」
といって、せっかくの為朝《ためとも》のはかりごとをとり上《あ》げようともしませんでした。
為朝《ためとも》は、おもしろく思《おも》いませんでしたけれど、むりに争《あらそ》ってもむだだと思《おも》いましたから、そのままおじぎをして退《しりぞ》きました。そして心《こころ》の中では、
「何《なに》もしらない公卿《くげ》のくせによけいな差《さ》し出口《でぐち》をするはいいが、今《いま》にあべこべに敵《てき》から夜討《よう》ちをしかけられて、その時《とき》にあわててもどうにもなるまい。こんなふうでは、この戦《いくさ》にはとても勝《か》てる見込《みこ》みはない。まあ、働《はたら》けるだけ働《はたら》いて、あとはいさぎよく討《う》ち死《じ》にをしよう。」
と思《おも》いました。
こう覚悟《かくご》をきめると、それからはもう為朝《ためとも》はぴったり黙《だま》り込《こ》んだまま、しずかに敵《てき》の寄《よ》せてくるのを待《ま》っていました。
すると案《あん》の定《じょう》、その晩《ばん》夜中《よなか》近《ちか》くなって、敵《てき》は義朝《よしとも》と清盛《きよもり》を大将《たいしょう》にして、どんどん夜討《よう》ちをしかけて来《き》ました。
頼長《より
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