なが》はまさかと思《おも》った夜討《よう》ちがはじまったものですから、今更《いまさら》のようにあわてて、為朝《ためとも》のいうことを聞《き》かなかったことを後悔《こうかい》しました。そして為朝《ためとも》の御機嫌《ごきげん》をとるつもりで、急《きゅう》に新院《しんいん》に願《ねが》って為朝《ためとも》を蔵人《くらんど》という重《おも》い役《やく》にとり立《た》てようといいました。すると為朝《ためとも》はあざ笑《わら》って、
「敵《てき》が攻《せ》めて来《き》たというのに、よけいなことをする手間《てま》で、なぜ早《はや》く敵《てき》を防《ふせ》ぐ用意《ようい》をしないのです。蔵人《くらんど》でもなんでもかまいません。わたしはあくまで鎮西八郎《ちんぜいはちろう》です。」
とこうりっぱにいいきって、すぐ戦場《せんじょう》に向《む》かって行きました。
為朝《ためとも》が例《れい》の二十八|騎《き》をつれて西《にし》の門《もん》を守《まも》っておりますと、そこへ清盛《きよもり》と重盛《しげもり》を大将《たいしょう》にして平家《へいけ》の軍勢《ぐんぜい》がおしよせて来《き》ました。
為朝《ためとも》はそれを見《み》て、
「弱虫《よわむし》の平家《へいけ》め、おどかして追《お》いはらってやれ。」
と思《おも》いまして、敵《てき》がろくろく近《ちか》づいて来《こ》ないうちに、弓《ゆみ》に矢《や》をつがえて敵《てき》の先手《さきて》に向《む》かって射《い》かけますと、この矢《や》が前《まえ》に立《た》って進《すす》んで来《き》た伊藤《いとう》六の胸板《むないた》をみごとに射《い》ぬいて、つきぬけた矢《や》が後《うし》ろにいた伊藤《いとう》五の鎧《よろい》の袖《そで》に立《た》ちました。
伊藤《いとう》五がおどろいて、その矢《や》をぬいて清盛《きよもり》の所《ところ》へもって行って見《み》せますと、並《な》みの二|倍《ばい》もある太《ふと》い箆《の》の先《さき》に大《おお》のみのようなやじりがついていました。清盛《きよもり》はそれを見《み》たばかりでふるえ上《あ》がって、
「なんでもこの門《もん》を破《やぶ》れという仰《おお》せをうけたわけでもないのだから、そんならんぼう者《もの》のいない外《ほか》の門《もん》に向《む》かうことにしよう。」
と勝手《かって》なことをいいながら、どんどん逃《に》げ出《だ》して行きました。
するとこんどはにいさんの義朝《よしとも》が平家《へいけ》の代《か》わりに向《む》かって来《き》ました。にいさんはにいさんだけの威光《いこう》で、いきなりしかりつけて為朝《ためとも》を恐《おそ》れ入《い》らしてやろうと思《おも》ったと見《み》えて、義朝《よしとも》は為朝《ためとも》の顔《かお》の見《み》えるところまで来《き》ますと、大きな声《こえ》で、
「そこにいるのは八郎《はちろう》だな。にいさんに向《む》かって弓《ゆみ》をひくやつがあるか。はやく弓矢《ゆみや》を投《な》げ出《だ》して降参《こうさん》しないか。」
といいました。
すると為朝《ためとも》は笑《わら》って、
「にいさんに弓《ゆみ》をひくのがわるければ、おとうさんに向《む》かって弓《ゆみ》をひくあなたはもっとわるいでしょう。」
とやり込《こ》めました。
これで義朝《よしとも》もへいこうして、だまってしまいました。そしてくやしまぎれに、はげしく味方《みかた》にさしずをして、めちゃめちゃに矢《や》を射《い》かけさせました。
為朝《ためとも》はこの様子《ようす》をこちらから見《み》て、大将《たいしょう》の義朝《よしとも》をさえ射落《いお》とせば、一|度《ど》に勝負《しょうぶ》がついてしまうのだと考《かんが》えました。そこで弓《ゆみ》に矢《や》をつがえて、義朝《よしとも》の方《ほう》にねらいをつけました。
「あの仰《あお》むけている首筋《くびすじ》を射《い》てやろうか。だいぶ厚《あつ》い鎧《よろい》を着《き》ているが、あの上から胸板《むないた》を射《い》とおすぐらいさしてむずかしくもなさそうだ。」
こう為朝《ためとも》は思《おも》いながら、すぐ矢《や》を放《はな》そうとしましたが、ふと、
「いや待《ま》て。いくら敵《てき》でもにいさんはにいさんだ。それにこうして父子《おやこ》わかれわかれになっていても、おとうさんとにいさんの間《あいだ》に内《ない》しょの約束《やくそく》があって、どちらが負《ま》けてもお互《たが》いに助《たす》け合《あ》うことになっているのかもしれない。」
と思《おも》い返《かえ》して、わざとねらいをはずして、義朝《よしとも》の兜《かぶと》に射《い》あてました。すると矢《や》は兜《かぶと》の星《ほし》を射《い》けずって、その後《うし》
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