なくなりました。
 みんなはあの三|人《にん》のおじいさんは、住吉《すみよし》の明神《みょうじん》さまと、熊野《くまの》の権現《ごんげん》さまと、男山《おとこやま》の八幡《はちまん》さまが仮《かり》に姿《すがた》をお現《あらわ》しになったものであることをはじめて知《し》って、不思議《ふしぎ》に思《おも》いながら、後《うし》ろから手を合《あ》わせておがみました。そしてこの通《とお》り神《かみ》さまのあらたかな加護《かご》のある上は、もう鬼《おに》を退治《たいじ》したも同然《どうぜん》だと心強《こころづよ》く思《おも》いました。
 そこで教《おそ》わったとおり川についてどこまでも上《のぼ》って行きますと、十七八のきれいな娘《むすめ》が、川のふちで血《ち》のついた着物《きもの》を洗《あら》いながら、しくしく泣《な》いていました。
 頼光《らいこう》はそのそばへ寄《よ》って、
「あなたはだれです。どうしてこんな山の中に一人《ひとり》でいるのです。」
 と聞《き》きました。娘《むすめ》はまたぽろぽろと涙《なみだ》をこぼしながら、
「わたくしは都《みやこ》から、ある晩《ばん》鬼《おに》にさらわれてこの山の中に来《き》たのでございます。おとうさまやおかあさまや、ばあやたちはどうしているでしょう。その人たちにも二|度《ど》と会《あ》うこともできない身《み》の上《うえ》になりました。」
 といいました。そして、
「あなた方《がた》はいったいどうしてこんなところへいらしったのです。ここは鬼《おに》の岩屋《いわや》で、これまでよそから人間《にんげん》の来《き》たことはありません。」
 といいました。頼光《らいこう》は、そこで、
「いや、わたしたちは天子《てんし》さまのおいいつけで、鬼《おに》を退治《たいじ》に来《き》たのだから、安心《あんしん》しておいでなさい。」
 といいきかせますと、娘《むすめ》はたいそうよろこんで、
「それではこの川をまたずんずん上《のぼ》っておいでになりますと、鉄《てつ》の門《もん》があって、門《もん》の両脇《りょうわき》に黒鬼《くろおに》と赤鬼《あかおに》が番《ばん》をしています。門《もん》の中にはるりの御殿《ごてん》があって、その庭《にわ》には春《はる》と夏《なつ》と秋《あき》と冬《ふゆ》の景色《けしき》がいっぱいにつくってあります。しゅてんどうじはその御殿《ごてん》の中で、夜昼《よるひる》お酒《さけ》を飲《の》んで、わたくしどもに歌《うた》を歌《うた》ったり、踊《おど》りを踊《おど》らせたり、手足をさすらせたりして、あきるとつかまえて、むごたらしく生《い》き血《ち》を吸《す》って、骨《ほね》と皮《かわ》ばかりにして捨《す》ててしまいます。このとおり今日《きょう》も、ころされたお友達《ともだち》の血《ち》のついた着物《きもの》をこうして洗《あら》っているのです。」
 といいました。
 頼光《らいこう》は娘《むすめ》を慰《なぐさ》めて、教《おし》えられたとおり行きますと、なるほど大きないかめしい鉄《てつ》の門《もん》が向《む》こうに見《み》えて、黒鬼《くろおに》と赤鬼《あかおに》が番《ばん》をしていました。門《もん》に近《ちか》くなると頼光《らいこう》たちは、わざとくたびれきったように足をひきずってあるきながら、こちらから鬼《おに》に声《こえ》をかけて、
「もしもし、旅《たび》の者《もの》でございますが、山道《やまみち》に迷《まよ》って、もう疲《つか》れて一足も歩《ある》かれません。どうぞお情《なさ》けに、しばらくわたくしどもを休《やす》ませていただきとうございます。」
 と、さも心細《こころぼそ》そうにいいました。
 鬼《おに》どもは、
「これは珍《めずら》しい者《もの》がやって来《き》たぞ。なにしろ大王様《だいおうさま》に申《もう》し上《あ》げよう。」
 といって、酒呑童子《しゅてんどうじ》の所《ところ》へ行ってしらせますと、
「それはおもしろい。すぐ奥《おく》へとおせ。」
 といいました。
 六|人《にん》の武士《ぶし》が縁側《えんがわ》に上《あ》がって待《ま》っていますと、やがて雷《かみなり》や稲光《いなびかり》がしきりに起《お》こって、大風《おおかぜ》のうなるような音《おと》がしはじめました。すると間《ま》もなくそこへ、一|丈《じょう》にもあまろうという大きな赤鬼《あかおに》が、髪《かみ》の毛《け》を逆立《さかだ》てて、お皿《さら》のような目をぎょろぎょろさせながら出《で》て来《き》ました。その姿《すがた》を一目《ひとめ》見《み》ただけで、だれだっておどろいて気《き》を失《うしな》わずにはいられません。けれども頼光《らいこう》はじめ六|人《にん》の武士《ぶし》はびくともしないで、酒呑童子《しゅてんどうじ》の顔《か
前へ 次へ
全5ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
楠山 正雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング