体《はだか》の上をまた五十たび打《う》ちました。すっかりでちょうど百たび打《う》った時《とき》、もうだんだん虫《むし》の鳴《な》くような声《こえ》でそれでもひいひいいっていた坊《ぼう》さんは、急《きゅう》に一声《ひとこえ》高《たか》く「ひひん。」と、馬《うま》のいななくような声《こえ》を出《だ》しました。その拍子《ひょうし》に顔《かお》が急《きゅう》に伸《の》びて、馬《うま》のような顔《かお》になりました。みるみる体《からだ》が馬《うま》になって、たてがみが立《た》って、しっぽがはえて、手足《てあし》を地《じ》びたにつけて、ひょいと立《た》ちますと、もうそれはりっぱな四|本《ほん》の足《あし》になって、砂《すな》をけっていました。それはどこから見《み》てもほんとうの馬《うま》に違《ちが》いはありませんでした。
 鬼《おに》の坊《ぼう》さんは、その馬《うま》にくつわをかませて綱《つな》をつけて、馬屋《うまや》へ引《ひ》いていきました。あとの二人《ふたり》は目の前《まえ》で自分《じぶん》の仲間《なかま》が馬《うま》になってしまったので、自分《じぶん》たちもいずれ同《おな》じめにあうのだろうと思《おも》うと、生《い》きたそらはないので、真《ま》っ青《さお》な顔《かお》をして、ぶるぶるふるえていました。するとさっきの鬼《おに》の坊《ぼう》さんは、また戻《もど》って来《き》て、こんどは二ばんめの坊《ぼう》さんを庭《にわ》に引《ひ》き下《お》ろして、同《おな》じようにむちで百たびぶちますと、これも馬《うま》になって、「ひひん。」といななきながら四《よ》つ足《あし》で立《た》ちました。その時《とき》鬼《おに》の坊《ぼう》さんはむちをほうり出《だ》して、
「ああ、くたびれた。少《すこ》し休《やす》もう。」
 といって、汗《あせ》をふきますと、あるじの坊《ぼう》さんも、
「どれ、飯《めし》を食《た》べて来《く》るかな。」
 といって、立《た》ち上《あ》がりました。そして行きがけに、もう一人《ひとり》残《のこ》ってふるえている坊《ぼう》さんをこわい目でにらめつけて、
「そこにじっとしていろ。すぐに戻《もど》って来《く》るから。」
 といって、もう一人《ひとり》の鬼《おに》の坊《ぼう》さんと奥《おく》へ入《はい》っていきました。

     二

 その後《あと》で坊《ぼう》さんは、心《こころ》の中で一生懸命《いっしょうけんめい》仏《ほとけ》さまにお祈《いの》りをしながら、「どうしたら逃《に》げられるか、せっかく逃《に》げ出《だ》しても、つかまって殺《ころ》されれば同《おな》じことだし、つかまらないまでも、この深《ふか》い山の中では、道《みち》に迷《まよ》って行《ゆ》き倒《だお》れになるばかりだ。」と思《おも》って、ぐずぐずしていますと、あるじの鬼《おに》がふいと奥《おく》から声《こえ》をかけて、
「裏《うら》の田《た》に水《みず》はあるか。」
 と聞《き》きました。坊《ぼう》さんはこわごわ立《た》って、戸《と》をあけて、裏手《うらて》をながめますと、そこに深《ふか》い田《た》が出来《でき》ていて、水《みず》がいっぱいあふれていました。「あの深《ふか》い水《みず》たまりの中に、自分《じぶん》たちをつき落《お》として殺《ころ》すつもりではないか。」と気味悪《きみわる》く思《おも》いながら、坊《ぼう》さんは戻《もど》って来《き》て、
「田《た》に水《みず》はございます。」
 と答《こた》えました。
 鬼《おに》は、
「ううん。」
 といって、またばりばり何《なに》かをかじって食《た》べる音《おと》がしました。なかなか大食《おおぐ》いだとみえて、さんざん食《た》べたり、飲《の》んだりして、こんどはおなかがくちくなると、鬼《おに》は二人《ふたり》とも、ぐうぐう高《たか》いびきをかいて寝込《ねこ》んでしまいました。
 鬼共《おにども》のいびきの音《おと》を聞《き》くと、坊《ぼう》さんはほっと息《いき》をつきながら、今《いま》のうちに逃《に》げ出《だ》そうと思《おも》って、もう真《ま》っ暗《くら》になった山道《やまみち》をやたらに駆《か》けていきました。やがて向《む》こうのこんもり木の茂《しげ》った中からぽつんと一つ明《あか》りが見《み》えて、家《うち》がそこにありました。こんどもまた鬼《おに》の住《すま》いではないかと、気味悪《きみわる》く思《おも》って、そっと前《まえ》を通《とお》り抜《ぬ》けて駆《か》けていきますと、うしろから、
「もしもし、どこへ行くのです。」
 とやさしい女の声《こえ》で声《こえ》をかけられました。坊《ぼう》さんはぎょっとしながら、振《ふ》り返《かえ》ってみますと、若《わか》い女でしたから、やっと安心《あんしん》して、
「道《みち》に
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