松山鏡
楠山正雄

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)越後国《えちごのくに》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)おやこ三|人《にん》
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     一

 むかし越後国《えちごのくに》松《まつ》の山家《やまが》の片田舎《かたいなか》に、おとうさんとおかあさんと娘《むすめ》と、おやこ三|人《にん》住《す》んでいるうちがありました。
 ある時《とき》おとうさんは、よんどころない用事《ようじ》が出来《でき》て、京都《きょうと》へ上《のぼ》ることになりました。昔《むかし》のことで、越後《えちご》から都《みやこ》へ上《のぼ》るといえば、幾日《いくにち》も、幾日《いくにち》も旅《たび》を重《かさ》ねて、いくつとなく山坂《やまさか》を越《こ》えて行《い》かなければなりません。ですから立《た》って行くおとうさんも、あとに残《のこ》るおかあさんも心配《しんぱい》でなりません。それで支度《したく》が出来《でき》て、これから立《た》とうというとき、おとうさんはおかあさんに、
「しっかり留守《るす》を頼《たの》むよ。それから子供《こども》に気《き》をつけてね。」
 といいました。おかあさんも、
「大丈夫《だいじょうぶ》、しっかりお留守居《るすい》をいたしますから、気《き》をつけて、ぶじに早《はや》くお帰《かえ》りなさいまし。」
 といいました。
 その中で娘《むすめ》はまだ子供《こども》でしたから、ついそこらへ出かけて、じきにおとうさんが帰《かえ》って来《く》るもののように思《おも》って、悲《かな》しそうな顔《かお》もしずに、
「おとうさん、おとなしくお留守番《るすばん》をしますから、おみやげを買《か》ってきて下《くだ》さいな。」
 といいました。おとうさんは笑《わら》いながら、
「よしよし。その代《か》わり、おとなしく、おかあさんのいうことを聴《き》くのだよ。」
 といいました。
 おとうさんが立《た》って行《い》ってしまうと、うちの中は急《きゅう》に寂《さび》しくなりました。はじめの一|日《にち》や二日《ふつか》は、娘《むすめ》もおかあさんのお仕事《しごと》をしているそばでおとなしく遊《あそ》んでおりましたが、三日《みっか》四日《よっか》となると、そろそろおとうさんがこいしくなりました。
「おとうさん、いつお帰《かえ》りになるのでしょう
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