ね。」
「まだ、たんと寝《ね》なければお帰《かえ》りにはなりませんよ。」
「おかあさん、京都《きょうと》ってそんなに遠《とお》い所《ところ》なの。」
「ええ、ええ、もうこれから百|里《り》の余《よ》もあって、行《い》くだけに十日《とおか》あまりかかって、帰《かえ》りにもやはりそれだけかかるのですからね。」
「まあ、ずいぶん待《ま》ちどおしいのね。おとうさん、どんなおみやげを買《か》っていらっしゃるでしょう。」
「それはきっといいものですよ。楽《たの》しみにして待《ま》っておいでなさい。」
 そんなことをいいいい、毎日《まいにち》暮《く》らしているうちに、十日《とおか》たち、二十日《はつか》たち、もうかれこれ一月《ひとつき》あまりの月日《つきひ》がたちました。
「もうたんと、ずいぶん飽《あ》きるほど寝《ね》たのに、まだおとうさんはお帰《かえ》りにならないの。」
 と、娘《むすめ》は待《ま》ち切《き》れなくなって、悲《かな》しそうにいいました。
 おかあさんは指《ゆび》を折《お》って日を数《かぞ》えながら、
「ああ、もうそろそろお帰《かえ》りになる時分《じぶん》ですよ。いつお帰《かえ》りになるか知《し》れないから、今《いま》のうちにおへやのおそうじをして、そこらをきれいにしておきましょう。」
 こういって散《ち》らかったおへやの中を片《かた》づけはじめますと、娘《むすめ》も小さなほうきを持《も》って、お庭《にわ》をはいたりしました。
 するとその日の夕方《ゆうがた》、おとうさんは荷物《にもつ》をしょって、
「ああ、疲《つか》れた、疲《つか》れた。」
 といいながら、帰《かえ》って来《き》ました。その声《こえ》を聞《き》くと、娘《むすめ》はあわててとび出《だ》して来《き》て、
「おとうさん、お帰《かえ》りなさい。」
 といいました。おかあさんもうれしそうに、
「まあ、お早《はや》いお帰《かえ》りでしたね。」
 といいながら、背中《せなか》の荷物《にもつ》を手伝《てつだ》って下《お》ろしました。娘《むすめ》はきっとこの中にいいおみやげが入《はい》っているのだろうと思《おも》って、にこにこしながら、おかあさんのお手伝《てつだ》いをして、荷物《にもつ》を奥《おく》まで運《はこ》んで行きました。そのあとから、おとうさんは脚絆《きゃはん》のほこりをはたきながら、
「ずいぶん寂《さび
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