なく、一生懸命《いっしょうけんめい》にかんびょうしましたが、病気《びょうき》はだんだん重《おも》るばかりで、もう今日《きょう》明日《あす》がむずかしいというまでになりました。
 その夕方《ゆうがた》、おかあさんは娘《むすめ》をそばに呼《よ》び寄《よ》せて、やせこけた手で、娘《むすめ》の手をじっと握《にぎ》りながら、
「長《なが》い間《あいだ》、お前《まえ》も親切《しんせつ》に世話《せわ》をしておくれだったが、わたしはもう長《なが》いことはありません。わたしが亡《な》くなったら、お前《まえ》、わたしの代《か》わりになって、おとうさんをだいじにして上《あ》げて下《くだ》さい。」
 といいました。娘《むすめ》は何《なん》ということもできなくって、目にいっぱい涙《なみだ》をためたまま、うつむいていました。
 その時《とき》おかあさんはまくらの下から鏡《かがみ》を出《だ》して、
「これはいつぞやおとうさんから頂《いただ》いて、だいじにしている鏡《かがみ》です。この中にはわたしの魂《たましい》が込《こ》めてあるのだから、この後《のち》いつでもおかあさんの顔《かお》が見《み》たくなったら、出《だ》してごらんなさい。」
 といって鏡《かがみ》を渡《わた》しました。
 それから間《ま》もなく、おかあさんはとうとう息《いき》を引《ひ》き取《と》りました。あとに取《と》り残《のこ》された娘《むすめ》は、悲《かな》しい心《こころ》をおさえて、おとうさんの手助《てだす》けをして、おとむらいの世話《せわ》をまめまめしくしました。
 おとむらいがすんでしまうと、急《きゅう》にうちの中がひっそりして、じっとしていると、寂《さび》しさがこみ上《あ》げてくるようでした。娘《むすめ》はたまらなくなって、
「ああ、おかあさんに会《あ》いたい。」
 と独《ひと》り言《ごと》をいいましたが、ふとあの時《とき》おかあさんにいわれたことを思《おも》い出《だ》して、鏡《かがみ》を出《だ》してみました。
「ほんとうにおかあさんが会《あ》いに来《き》て下《くだ》さるかしら。」
 娘《むすめ》はこういいながら、鏡《かがみ》の中をのぞきました。するとどうでしょう、鏡《かがみ》の向《む》こうにはおかあさんが、それはずっと若《わか》い美《うつく》しい顔《かお》で、にっこり笑《わら》っていらっしゃいました。娘《むすめ》はぼうっと
前へ 次へ
全7ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
楠山 正雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング