「もうこんどこそは助《たす》からない。」と思《おも》いました。「山姥《やまうば》のやつ、おれが上にいるのを知《し》って、上《あ》がってきて食《た》べるつもりだろう。ああ、もうどうしようもない。観音《かんのん》さま、観音《かんのん》さま、どうぞお助《たす》け下《くだ》さいまし。」
 こう心《こころ》の中に念《ねん》じながら、今《いま》にも山姥《やまうば》が上《あ》がってくるか、上《あ》がってくるかと待《ま》っていました。
 ところが山姥《やまうば》は、すぐにはなかなか上《あ》がってきませんでした。やがてまた大きなあくびをして、
「二|階《かい》に寝《ね》ればねずみがさわぐ。臼《うす》の中《なか》はくもの巣《す》だらけ。釜《かま》の中は温《あたた》かで、用心《ようじん》がいちばんいい。そうだ、やっぱり釜《かま》の中に寝《ね》よう。」
 と、独《ひと》り言《ごと》をいいながら、大きなお釜《かま》のふたを取《と》って、中に入《はい》ったかと思《おも》うと、やがてぐうぐう、ぐうぐう、高《たか》いびきで眠《ねむ》ってしまいました。
 二|階《かい》からこの様子《ようす》を見《み》ていた馬吉《うまきち》は、そっとはしご段《だん》を下《お》りました。そして抜《ぬ》き足《あし》差《さ》し足《あし》お庭《にわ》へ出て、いちばん大きな石を抱《かか》え上《あ》げて、「うんすん、うんすん。」いいながら、運《はこ》んで来《き》ました。そして「うんとこしょ。」と、石をお釜《かま》の上にのせて、上から重《おも》しをしてしまいました。お釜《かま》の中からはあいかわらず、ぐうぐう、ぐうぐう、高《たか》いびきが聞《き》こえました。お釜《かま》に重《おも》しをしてしまうと、こんどはまた、お庭《にわ》から枯《か》れ枝《えだ》をたくさん集《あつ》めて来《き》て、小《ちい》さく折《お》っては、お釜《かま》の下に入《い》れました。
 ぴしりぴしり枯《か》れ枝《えだ》を折《お》る音《おと》が、寝《ね》ている山姥《やまうば》の耳《みみ》に聞《き》こえたとみえて、山姥《やまうば》はお釜《かま》の中で、
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「雨《あめ》の降《ふ》る夜《よ》は虫《むし》が鳴《な》く。
ちいちい鳴《な》くのは何虫《なにむし》か。
虫《むし》よ鳴《な》け、鳴《な》け、雨《あめ》が降《ふ》る。
ぱらぱら、ぱらぱら、雨《あめ》が降《ふ》る。」
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 と歌《うた》いました。
 山姥《やまうば》がいい心持《こころも》ちそうに、ぱちぱちいう枯《か》れ枝《えだ》の音《おと》を雨《あめ》の音《おと》だと思《おも》って聞《き》いていますと、その間《ま》に馬吉《うまきち》は枯《か》れ枝《えだ》に火をつけました。お釜《かま》のそこがだんだんあつくなってきて、そのうちじりじり焦《こ》げてきたので、さすがの山姥《やまうば》もびっくりして、
「おお、あつい。」
 といって飛《と》び上《あ》がりました。そしていきなりふたを持《も》ち上《あ》げてとび出《だ》そうとしますと、上から重《おも》しがのしかかっていて、身動《みうご》きができません。山姥《やまうば》はおこって、お釜《かま》の中で、「きゃッ、きゃッ。」とさけびながら、狂《くる》いまわりました。
 馬吉《うまきち》はかまわずどんどん枯《か》れ枝《えだ》を燃《も》やしながら、
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「馬《うま》喰《く》うばばあはどこにいる。
寒《さむ》けりゃどんどん焚《た》いてやる。
あつけりゃ火になれ、骨《ほね》になれ。」
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 と歌《うた》いました。
 とうとうお釜《かま》が上まで真《ま》っ赤《か》に焼《や》けました。その時分《じぶん》には、山姥《やまうば》もとうにからだ中《じゅう》火《ひ》になって、やがて骨《ほね》ばかりになってしまいました。

     山姥《やまうば》と娘《むすめ》

       一

 むかしあるところに、お百姓《ひゃくしょう》のおとうさんとおかあさんがありました。夫婦《ふうふ》の間《あいだ》には十《とお》になるかわいらしい女の子がありました。ある日おとうさんとおかあさんは、野《の》らへお百姓《ひゃくしょう》のしごとをしに行く時《とき》に、女の子を一人《ひとり》お留守番《るすばん》に残《のこ》して、
「だれが来《き》てもけっして戸《と》をあけてはならないよ。」
 といいつけて、鍵《かぎ》をかけて出て行きました。
 女の子は一人《ひとり》ぼっちとり残《のこ》されて、さびしくって心細《こころぼそ》くってしかたがありませんから、小《ちい》さくなっていろりにあたっていました。するとお昼《ひる》ごろになって、外《そと》の戸《と》をとんとん、たたく音《おと》がしました。
「だあれ。」
 と、女の子が
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