残《のこ》らずやってしまったので、馬吉《うまきち》はあとをも見《み》ずに、馬《うま》の口をぐいぐい引《ひ》っぱって、駆《か》け出《だ》して行《い》こうとしました。一生懸命《いっしょうけんめい》駆《か》け出《だ》して、やっと一|町《ちょう》も逃《に》げたと思《おも》うころ、山姥《やまうば》は大根《だいこん》を残《のこ》らず食《た》べてしまって、またどんどん追《お》っかけて来《き》ました。間《ま》もなく追《お》いつくと、こんどは、
「馬《うま》の足《あし》を一|本《ぽん》。」
といいました。もう馬吉《うまきち》は生《い》きている空《そら》はありません。しかたがないので、これもぶるぶるふるえている馬《うま》を山姥《やまうば》にあずけたまま、から身《み》になって、どんどん、どんどん、駆《か》け出《だ》しました。するとどうしたものか、気《き》がせくのと、道《みち》が暗《くら》いので、よけいあわてて、どこかで道《みち》を間違《まちが》えたものとみえて、いくら駆《か》けても駆《か》けても、里《さと》の方《ほう》へは降《お》りられません。行《い》けば行《い》くほど山が深《ふか》くなって、もうどこをどう歩《ある》いているのか、まるで知《し》らない山の中の道《みち》を、心細《こころぼそ》くたどって行くばかりでした。
とうとう山がつきて谷《たに》のような所《ところ》へ出ました。ひょいと見《み》ると、そこに一|軒《けん》うちらしいものの形《かたち》が、夜目《よめ》にもぼんやり見《み》えました。何《なん》でもいい、とにかく入《はい》って、わけを話《はな》して、今夜《こんや》はたのんで泊《と》めてもらおうと思《おも》って、うちの前《まえ》まで来《く》るとすぐ、とんとん、戸《と》をたたきました。でも中はしんと静《しず》まりかえって、明《あか》り一つもれてきません。ぐずぐずしているうちに、山姥《やまうば》が追《お》っかけて来《き》て、見《み》つけられては大《たい》へんだと思《おも》って、馬吉《うまきち》はかまわず戸《と》をあけて、中へ入《はい》りました。
入《はい》ってみると、中は戸障子《としょうじ》もろくろくない、右《みぎ》を向《む》いても、左《ひだり》を向《む》いても、くもの巣《す》だらけの、ひどいあばら家《や》でした。
「なるほど、これではいくらたたいても返事《へんじ》をしないはずだ。人の住《す》んでいないうちなのだ。それでもしかたがない。今夜《こんや》はそっとここにかくれて、夜《よ》の明《あ》けるのを待《ま》つことにしよう。」
と、独《ひと》り言《ごと》をいいながら、馬吉《うまきち》はそっと上《あ》がっていきますと、そこはそれでも二|階家《かいや》で、上は物置《ものおき》のようになっていました。
「同《おな》じかくれるにしても、二|階《かい》の方《ほう》が用心《ようじん》がいい。」と思《おも》って、馬吉《うまきち》は二|階《かい》に上《あ》がって、そっとすすだらけな畳《たたみ》の上にごろりと横《よこ》になりました。横《よこ》になって、どうかして眠《ねむ》ろうとしましたが、何《なん》だか目がさえて眠《ねむ》られません、始終《しじゅう》外《そと》の物音《ものおと》ばかりに気《き》を取《と》られて、胸《むね》をどきどきさせていました。
二
するとその晩《ばん》夜中《よなか》過《す》ぎになって、しっかりしめておいたはずのおもての戸《と》がひとりでにすうっとあいて、だれかが入《はい》って来《き》た様子《ようす》です。
「はてな。」と思《おも》って、馬吉《うまきち》がこわごわはい出《だ》して、二|階《かい》からそっとのぞいてみますと、折《おり》からさし込《こ》む月《つき》の光《ひかり》で、さっきの山姥《やまうば》が、台所《だいところ》のお釜《かま》の前《まえ》に座《すわ》って、独《ひと》り言《ごと》をいっているのが見《み》えました。
「今日《きょう》は久《ひさ》し振《ぶ》りでごちそうだったなあ。大根《だいこん》もうまかった。馬《うま》もうまかった。あれでうっかりしていて、馬吉《うまきち》に逃《に》げられなければ、なおよかったのだけれど、残念《ざんねん》なことをした。」
馬吉《うまきち》はそれを聞《き》くと、ぶるぶるふるえ上《あ》がって、頭《あたま》をおさえてちぢこまってしまいました。
しばらくすると、山姥《やまうば》は大きな口をあいて、大あくびをして、
「ああ、くたびれた。眠《ねむ》くなった。今夜《こんや》はどこに寝《ね》ようかな、臼《うす》の中にしようか。釜《かま》の中にしようか。下に寝《ね》ようか。二|階《かい》に寝《ね》ようか。そうだ、涼《すず》しいから二|階《かい》に寝《ね》よう。」
といいました。
馬吉《うまきち》は
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