た》ててわたしを射《い》させました。わたしはもう逃《に》げ道《みち》がなくなって、とうとう二人《ふたり》の武士《ぶし》の矢先《やさき》にかかって倒《たお》れました。けれども体《からだ》だけはほろびても、魂《たましい》はほろびずに、この石になって残《のこ》りました。わたしの根《ね》ぶかい悪念《あくねん》は石になってもほろびません。石のそばに寄《よ》るものは、人でも獣《けもの》でも毒《どく》にあたって倒《たお》れました。みんなは殺生石《せっしょうせき》といって、おそれてそばへ寄《よ》るものはありませんでした。それが今夜《こんや》あなたに限《かぎ》って、殺生石《せっしょうせき》のそばに夜《よ》を明《あ》かしながら、何《なん》にも災《わざわ》いのかからないのはふしぎです。これはきっと仏《ほとけ》さまの道《みち》を深《ふか》く信《しん》じていらっしゃる功徳《くどく》に違《ちが》いありません。あなたのような尊《とうと》いお上人《しょうにん》さまにお目《め》にかかったのは、わたしのしあわせでした。どうかあなたのあらたかな法力《ほうりき》で、わたしをお救《すく》いなすって下《くだ》さいませんか。わたしはもう自分《じぶん》ながら自分《じぶん》の深《ふか》い罪《つみ》と迷《まよ》いのために、このとおり石になってもなお苦《くる》しんでいるのでございます。」
 こういって、女はほっとため息《いき》をつきました。
 玄翁《げんのう》はだまって、じっと目をつぶったまま、女の話《はなし》を聴《き》いていました。やがて女の長《なが》い話《はなし》がおしまいになりますと、静《しず》かに目をあいて、やさしく女の姿《すがた》を見《み》ながら、
「うん、うん、分《わ》かった。わたしの力《ちから》の及《およ》ぶだけはやってみよう。安心《あんしん》して帰《かえ》るがいい。」
 といいました。
 女はにっこり笑《わら》って、すっとかき消《け》すように見《み》えなくなりました。
 そうこうするうちに、いつか夜《よ》がしらしら明《あ》けはなれてきました。玄翁《げんのう》ははじめてそこらを見回《みまわ》しますと、石はゆうべのままに白《しろ》く立《た》っていました。見《み》ると石のまわりには、二三|町《ちょう》の間《あいだ》ろくろく草《くさ》も生《は》えてはいませんでした。そして小鳥《ことり》や虫《むし》が何《なん》千
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