した。
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*バルティック海上の島。島の方言がかわっていた。
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しかしいくらあるいても、参事は橋をみつけることはできませんでした。らんかんらしいものはまるでありませんでした。
「どうもこのへんは実にひどい所だ。」と、参事官はいいました。じぶんのいる時代を、この晩ほどなさけなくおもったことはありませんでした。「まあこのぶんでは、辻馬車をやとうのがいちばんよさそうだ。」と、参事官はおもいました。そういったところで、さて、どこにその辻馬車があるでしょうか。それは一台だってみあたりそうにはありませんでした。
「これではやはり、王立新市場までもどるほうがいいだろう。あそこならたくさん馬車も来ているだろう。そうでもしないと、とてもクリスティアンス ハウンまでかえることなどできそうもない。」
そこで、またもどって、東通のほうへあるきだしました。そしてほとんどそこを通りぬけようとしたときに、たかだかと月がのぼりました。
「おや、なんとおもって足場みたいなものをここに建てたのだ。」
東門をみつけて、参事官はこうさけびました。そのころ東通のはずれに、門があったのです。
とにかく、出口をさがして、そこをとおりぬけると、今の王立新市場のある通へでました。けれどそれはただのだだっ広い草原でした。二三軒みすぼらしいオランダ船の船員のとまる下宿の木小屋《きごや》が、そのむこう岸に建っていて、オランダッ原《ぱら》ともよばれていた所です。
「おれはしんきろう[#「しんきろう」に傍点]をみているのか知らん。それとも酔っぱらっているのじゃないか知ら。」と、参事は泣き声をだしました。「とにかくありゃあなんだ。」
もうどうしても、病気にかかっているにちがいない、そうおもい込んで、また引っかえしました。往来をとぼとぼあるきあるき、なおよくそこらの家のようすをみると、たいていの家は木組の小屋で、なかにはわら屋根の家もありました。
「いや、どうもへんな気分でしょうがない。」と、参事官はため息をつきました。「しかしおれは、ほんの一杯ポンスを飲んだだけだが、それがうまくおさまらないとみえる。それに、時候はずれのむしざけ[#「ざけ」に傍点]をだしたりなんかして、まったくくいあわせがわるかった。もういちどもどっていって、主人の代理公使夫人に小言《こごと》をいって来よう
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