した。
 むかしの服装をした人がふたり、すぐそばを通っていきました。
「おや、なんというふうをしているのだ。仮装舞踏会《かそうぶとうかい》からかえって来た人たちかな。」と、参事官は、ひとりごとをいいました。
 ふとだしぬけに、太皷と笛の音《ね》がきこえて、たいまつがあかあかかがやき出しました。参事官はびっくりしてたちどまりますと、そのとき奇妙な行列が鼻のさきを通っていきました。まっさきには皷手の一隊が、いかにもおもしろそうに太皷を打ちながら進んで来ました。そのあとには、長い弓と石弓をかついだ随兵《ずいひょう》がつづきました。この行列のなかでいちばんえらそうな人は坊さんの殿様でした。びっくりした参事官は、いったいこれはいつごろの風をしているので、このすいきょうらしい仮装行列をやってあるく人はたれなのだろう、といって、行列のなかの人にたずねました。
「シェランの大|僧正《そうじょう》さまです。」と、たれかがこたえました。
「大僧正のおもいつきだと、とんでもないことだ。」と、参事官はため息をついてあたまを振りました。そんな大僧正なんてあるものか。ひとりで不服をとなえながら、右も左もみかえらずに、参事官はずんずん東通をとおりぬけて、高橋広場《たかばしひろば》にでました。ところが宮城広場へ出る大きな橋がみつかりません。やっとあさい小川をみつけてその岸に出ました。そのうち小舟にのってやって来るふたりの船頭らしい若者にであいました。
「島《ホルメン》へ渡りなさるのかな。」と、船頭はいいました。
「島《ホルメン》へ渡るかって。」と、参事官はおうむ返しにこたえました。なにしろ、この人はまた、じぶんが今、いつの時代に居るのか、はっきり知らなかったのです。
「わたしは、クリスティアンス ハウンから小市場通へいくのだよ。」
 こういうと、こんどはむこうがおどろいて顔をみました。
「ぜんたい橋はどこになっているのだ。」と参事官はいいました。「第一ここにあかりをつけておかないなんてけしからんじゃないか。それにこのへんはまるで沼の中をあるくようなひどいぬかるみだな。」
 こんなふうに話しても、話せば話すほど船頭にはよけいわからなくなりました。
「どうもおまえたちの*ボルンホルムことばは、さっぱりわからんぞ。」と、参事官はかんしゃくをおこしてどなりつけました。そして背中をむけてどんどんあるきだしま
前へ 次へ
全35ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
楠山 正雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング