ろ[#「ぼろ」に傍点]を、着て行かなければならないでしょうか。」
妖女はそこで、ほんのわずか、つえの先で、サンドリヨンのからだにさわったとおもうと、みるみる、つぎはぎだらけの着物は、宝石《ほうせき》をちりばめた金と銀の着物にかわってしまいました。それがすむと、妖女はサンドリヨンに、それはそれは美しいリスの皮の上《うわ》ぐつ(ガラスの上ぐつだともいいます。)を、一そくくれました。
こうして、のこらずしたくができあがって、いよいよサンドリヨンが馬車にのろうとしたとき、妖女《ようじょ》はあらためて、サンドリヨンにむかって、なにはおいても、夜なか十二時すぎまで、ぶとう会にいてはならないと、きびしくいいわたしました。十二時から一分でもおくれると、馬車はまたかぼちゃになるし、馬は小ねずみになるし、御者《ぎょしゃ》は大ねずみになるし、べっとうはとかげになるし、着ている着物も、もとのとおりのぼろ[#「ぼろ」に傍点]になるのだから、といってきかせました。
サンドリヨンは、妖女に、けっして夜なかすぎまで、ぶとう会にはいませんという、かたいやくそくをしました。そうして、もうはち切れそうなうれしさを、おさえることができないようなふうで、馬車にのりました。
三
さて、王子は、その晩、たれも知らない、どこぞのりっぱな王女が、いましがた馬車にのって、ぶとう会についたという知らせを聞いて、わざわざ迎えに出て来ました。王子は、王女が馬車からおりると、その手をとって広間の、みんなおおぜい居る中へ案内《あんない》して来ました。すると、広間の中はたちまち、しんと静まりかえって、みんなダンスをやめました。バイオリンの音《ね》もしなくなりました。それは、このめずらしいお客さまの美しさに、たれもかれも気をとられて、ぼんやりしてしまったからでした。そのなかで、ただかすかに、こそこそ、ささやく声がして、
「ほう、きれいだなあ。ほう、きれいだなあ。」とばかり、いっていました。
王様も、もうお年はとっておいででしたけれど、そのときは、おもわずサンドリヨンの顔を、じっとながめずにはいられませんでした。そうして、そっとお妃の耳もとにささやいて、
「こんなきれいな、かわいらしいむすめを見るのは、久しぶりだ。」と、いっておいでになりました。
貴婦人《きふじん》たちは、貴婦人たちで、みんなじろじろと、サンドリヨンの着物から、頭のかざりものをしらべてみて、まあ、まあ、あれだけのりっぱな材料《ざいりょう》と、それをこしらえるりっぱな職人《しょくにん》とさえあれば、あしたにもさっそく、この型《かた》で、じぶんもこしらえさせてみよう、と考えていました。
王子は、サンドリヨンを、そのなかでいちばん名誉《めいよ》の上席《じょうせき》へ案内《あんない》して、それからまた、つれ出して、いっしょにダンスをはじめました。
サンドリヨンは、それはそれは、しとやかにおどったので、みんなは、いよいよびっくりしてしまいました。さて、けっこうなごちそうが、まもなく出ましたが、若い王子は、サンドリヨンの顔ばかりながめていて、ひとつものどにはとおりませんでした。
サンドリヨンはやがて、じぶんのきょうだいたちのいるところへ出かけて行って、そのそばに腰をかけて、王子からもらったオレンジや、レモンを分けてやったりして、それは、いろいろやさしいそぶりをみせました。けれど、ふたりは、それがたれだか分からなかったものですから、ただもうびっくりして、目ばかりくるくるさせていました。サンドリヨンは、こうしてきょうだいたちのごきげんをとっているうちに、時計が十二時十五分前を打ちました。するといきなり、サンドリヨンは、ほかのお客たちに、ていねいにあいさつをして、ふいと出て行ってしまいました。
四
さて、うちへかえると、サンドリヨンは、そこに待っていた妖女《ようじょ》にあって、たくさんお礼をいったのち、あしたもまた、ぜひぶとう会へやってくださいといってたのみました。それは、王子の熱心《ねっしん》なおのぞみであったからです。
こうして、サンドリヨンが、ぶとう会であったことを、妖女にせっせと話をしていますと、やがて、ふたりのきょうだいがかえって来て、こつ、こつ、戸をたたきました。サンドリヨンは、かけて行って、戸をあけてやりました。
「まあ、ずいぶん長く行っていらしったのね。」と、サンドリヨンはさけんで、あくびをして、目をこすって、のびをしました。それは、うたたねをしていて、たった今、目がさめたというようなふうでした。けれど、じつはふたりが出て行ってから、サンドリヨンは、まるっきりねたくもねられない気持だったのです。
「おまえさん、ダンスに行ったら、それはたいくつなんぞしなかったろうよ。
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