なにしろ、あそこへは、まあ、世の中に、こんなきれいな人があるかと思うほど、美しいお姫《ひめ》さまが来なすったのだよ。その方が、わたしたちに、いろいろとやさしいことをおっしゃって、ごらん、こんなにレモンだの、オレンジだのをくださったのだよ。」と、きょうだいのひとりがいいました。
サンドリヨンは、そんなことには、いっこうむとんじゃくなようすでした。もっとも、きょうだいたちに、そのお姫さまの名をたずねましたが、ふたりは、それは知らないといいました。そうして、王子様がそのことで、たいそうむちゅうにおなりになって、その名を、とても知りたがって、みんなにたずねておいでだったという話をしました。そう聞くと、サンドリヨンはにっこりして、
「まあ、その方、どんなにお美しいでしょうね。ねえさまたち、いらしって、ほんとうによかったのね。わたし、その方見られないかしら。まあねえ、ジャボットねえさま、あなたのまい日着ていらっしゃる、黄いろい着物を、わたしにかしてくださらないこと。」といいました。
「まあ、あきれた。」と、ジャボットはさけびました。「わたしの着物を、おまえさんのようなきたならしい、灰のかたまりなんかに、かしてやられるもんか。ひとをばかにしているよ。」
サンドリヨンは、いずれそんな返事だろうとおもっていました。それで、そのとおりにことわられたのを、かえってありがたくおもっていました。なぜといって、きょうだいが、じょうだんをいったのを真《ま》にうけて、着物をかしてくれたら、どんなになさけなくおもったでしょう。
五
さて、そのあくる日も、ふたりのきょうだいは、ぶとう会へ出かけて行きました。サンドリヨンもやはり、こんどは、もっとりっぱに着かざって、出かけて行きました。王子は、しじゅうサンドリヨンのそばにつきっきりで、ありったけのおせじや、やさしいことばをかけていました。それがサンドリヨンには、うるさいどころではありませんでしたから、ついうかうか、妖女《ようじょ》にいましめられていたことも忘れていました。それですから、まだまだ時計が十一時だと思ったのに、十二も打ったのでびっくりして、ついと立ちあがって、めじかのようにはしっこくかけ出しました。王子もすぐあとを追いかけましたが、とうとう追いつきませんでした。けれど、サンドリヨンも、あわてたまぎれに、金の上《うわ》ぐつを片足落しました。それを王子は大事にしまっておきました。サンドリヨンは、うちにかえりはかえりましたが、すっかり息を切らしてしまいました。もう馬車も、べっとうもなくて、また、いつもの古着のぼろ[#「ぼろ」に傍点]にくるまったなり、ただ片足だけはいてかえった、金の上ぐつを持っていました。
さて、サンドリヨンが出て行ったあとで、王様のお城の番小屋へ、おたずねがありました。
「お姫《ひめ》さまが、ひとり、門を出て行くところを見なかったか。」
ところが、番兵の返事は、
「はい、見たのはただひとり、ひどくみすぼらしいなりをした若いむすめでした。それは貴婦人《きふじん》どころか、ただのいなかむすめとしか、おもわれないふうをしていました。」というのでした。
さて、ふたりのきょうだいが、ぶとう会からかえってくると、サンドリヨンは、こういって聞きました。
「たんとおもしろいことがありましたか。きれいなお姫さまは、きょうも来ましたか。」
ふたりがいうには、
「ああ、けれども、その人ったら、十二時を打つといっしょに、あわてて逃げだしたよ。あんまりあわてたものだから、金の上《うわ》ぐつを、片足落して行ったのさ。その上ぐつの、かわいらしいことといってはないものだから、王子は、それをしまっておきなさった。王子はぶとう会でも、しじゅうお姫《ひめ》さまのほうばかり見ていらしった。きっと、王子は、金の上ぐつをはいているきれいなひとを、すいていらっしゃるにちがいないよ。」
六
なるほど、ふたりのいったとおりにちがいはありませんでした。それから二三日すると、王子はラッパを吹いておふれをまわして、その金の上ぐつの、しっくり足にはまるむすめをさがして、お妃にするといわせました。そうして、王子は、家来《けらい》たちに、その金の上ぐつを持たせて、王女たちから貴族《きぞく》のお姫さまたち、それから御殿じゅう、のこらずの足をためさせてみましたが、みんなだめでした。
さて、とうとうまわりまわって、金の上ぐつは、いじのわるい、ふたりのきょうだいたちのところにまわって来ましたから、ふたりとも赤くなって、むりに足をつっこもうとしましたが、どうして、どうして、それはみんな、気のどくな、むだな骨おりでした。
サンドリヨンは、そのとき、わきで見ていますと、それはなんのこと、じぶんの半分おとし
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