《きせつ》なので、名前《なまえ》を阿倍《あべ》の清明《せいめい》とおつけになり、五|位《い》の位《くらい》を授《さず》けて、陰陽頭《おんみょうのかみ》という役《やく》におとりたてになりました。後《のち》に清明《せいめい》の清《せい》の字《じ》をかえて、阿倍《あべ》の晴明《せいめい》といった名高《なだか》い占《うらな》いの名人《めいじん》はこの童子《どうじ》のことです。

     四

 たった十三にしかならない阿倍《あべ》の童子《どうじ》が、天子《てんし》さまの御病気《ごびょうき》を治《なお》してえらい役人《やくにん》にとりたてられたと聞《き》いて、いちばんくやしがったのは、あの石川悪右衛門《いしかわあくうえもん》のにいさんの芦屋《あしや》の道満《どうまん》でした。道満《どうまん》はその時《とき》まで日本《にっぽん》一の学者《がくしゃ》で、天文《てんもん》と占《うらな》いの名人《めいじん》という評判《ひょうばん》でしたが、こんどは天子《てんし》さまの御病気《ごびょうき》を治《なお》すことができないで、その手柄《てがら》を子供《こども》に取《と》られてしまったのですから、くやしがるのも無理《むり》はありません。そこで御所《ごしょ》へ上《あ》がって天子《てんし》さまに讒言《ざんげん》をしました。
「御用心《ごようじん》遊《あそ》ばさないといけません。あの童子《どうじ》は詐欺師《さぎし》でございます。恐《おそ》れながら、陛下《へいか》のお病《やまい》は侍医《じい》の方々《かたがた》や、わたくし共《ども》の丹誠《たんせい》で、もうそろそろ御平癒《ごへいゆ》になる時《とき》になっておりました。そこへ折《おり》よく童子《どうじ》めが来合《きあ》わせて、横合《よこあ》いから手柄《てがら》を奪《うば》っていったのでございます。御寝所《ごしんじょ》の下の蛇《へび》と蛙《かえる》のふしぎも、あれら親子《おやこ》が御所《ごしょ》の役人《やくにん》のだれかとしめし合《あ》わせて、わざわざ入《い》れて置《お》いたものかも知《し》れません。どうか軽々《かるがる》しくお信《しん》じなさらずに、一|度《ど》わたくしと法術《ほうじゅつ》比《くら》べをさせて頂《いただ》きとうございます。もしあの童子《どうじ》が負《ま》けましたらば、それこそ詐欺師《さぎし》の証拠《しょうこ》でございますから、さっそく位《くらい》を取《と》り上《あ》げて、追《お》い返《かえ》して頂《いただ》きとうございます。」
 と申《もう》し上《あ》げました。
「でもお前《まえ》がもし童子《どうじ》に負《ま》けたらどうするか。」
 と天子《てんし》さまは少《すこ》しおこって、おたずねになりました。
「はい、万々一《まんまんいち》わたくしが負《ま》けるようなことがございましたら、それこそわたくしの頂《いただ》いておりますお役《やく》も位《くらい》も残《のこ》らずお返《かえ》し申《もう》し上《あ》げて、わたくしは童子《どうじ》の弟子《でし》になって、修業《しゅぎょう》をいたします。」
 と、高慢《こうまん》な顔《かお》をしてお答《こた》え申《もう》し上《あ》げました。
 そこで天子《てんし》さまは阿倍《あべ》の晴明親子《せいめいおやこ》をお呼《よ》び出《だ》しになり、御前《ごぜん》で術《じゅつ》比《くら》べさせてごらんになることになりました。道満《どうまん》と晴明《せいめい》が右左《みぎひだり》に別《わか》れて席《せき》につきますと、やがて役人《やくにん》が四五|人《にん》かかって、重《おも》そうに大きな長持《ながもち》を担《かつ》いで来《き》て、そこへすえました。
「道満《どうまん》、晴明《せいめい》、この長持《ながもち》の中には何《なに》が入《はい》っているか、当《あ》ててみよ、という陛下《へいか》の仰《おお》せです。」
 とお役人《やくにん》の頭《かしら》がいいました。
 すると道満《どうまん》は、さもとくいらしい顔《かお》をして、
「晴明《せいめい》、まずお前《まえ》からいうがいい。子供《こども》のことだ、先《さき》を譲《ゆず》ってやる。」
 といいました。晴明《せいめい》はその時《とき》、丁寧《ていねい》に頭《あたま》を下《さ》げて、
「では失礼《しつれい》ですが、わたくしから申《もう》し上《あ》げましょう。長持《ながもち》の中にお入《い》れになったのは猫《ねこ》二|匹《ひき》です。」
 といいました。
 晴明《せいめい》がうまくいいあてたので、道満《どうまん》はぎょっとしました。
「ふん、まぐれ当《あ》たりに当《あ》たったな。いかにも二|匹《ひき》の猫《ねこ》に相違《そうい》ありません。それで一|匹《ぴき》は赤猫《あかねこ》、一|匹《ぴき》は白猫《しろねこ》です。」
 長持《ながもち》のふたをあけると、なるほど赤《あか》と白の猫《ねこ》が二|匹《ひき》飛《と》び出《だ》しました。天子《てんし》さまも役人《やくにん》たちも舌《した》をまいて驚《おどろ》きました。
 今《いま》のは勝負《しょうぶ》なしにすんだので、又《また》、四五|人《にん》のお役人《やくにん》が、大きなお三方《さんぽう》に何《なに》か載《の》せて、その上に厚《あつ》い布《ぬの》をかけて運《はこ》んで来《き》ました。道満《どうまん》はそれを見《み》ると、こんどこそ晴明《せいめい》に先《せん》をこされまいというので、いきり立《た》って、
「ではわたくしから申《もう》し上《あ》げます。お三方《さんぽう》の上にお載《の》せになったのは、みかん十五です。」
 といいました。
 晴明《せいめい》はそれを聞《き》いて、「ふん。」と心《こころ》の中であざ笑《わら》いました。そして少《すこ》しいたずらをして、高慢《こうまん》らしい道満《どうまん》の鼻《はな》をあかせてやりたいと思《おも》いました。そこでそっと物《もの》を換《か》える術《じゅつ》を使《つか》って、お三方《さんぽう》の中の品物《しなもの》を素早《すばや》く換《か》えてしまいました。そしてすました顔《かお》をしながら、
「これはみかん十五ではございません。ねずみ十五|匹《ひき》をお入《い》れになったと存《ぞん》じます。」
 といいました。天子《てんし》さまはじめお役人《やくにん》たちはびっくりしました。こんどこそは晴明《せいめい》がしくじったと思《おも》いました。そばについていたおとうさんの保名《やすな》も真《ま》っ青《さお》になって、息子《むすこ》のそでを引《ひ》きました。けれども晴明《せいめい》はあくまで平気《へいき》な顔《かお》をしていました。道満《どうまん》は真《ま》っ赤《か》になって、
「さあ、詐欺師《さぎし》の証拠《しょうこ》は現《あらわ》れましたぞ。中を早《はや》くおあけなさい、早《はや》く。」
 とさけびました。
 お役人《やくにん》はお三方《さんぽう》の覆《おお》いをとりました。するとどうでしょう。お三方《さんぽう》の上に載《の》せたのはみかんではなくって、今《いま》の今《いま》まで晴明《せいめい》のほかだれ一人《ひとり》思《おも》いもかけなかったねずみが十五|匹《ひき》、ちょろちょろ飛《と》び出《だ》して、御殿《ごてん》の床《ゆか》の上を駆《か》け歩《ある》きました。すると長持《ながもち》の上に寝《ね》ていた二|匹《ひき》の猫《ねこ》が目早《めばや》く見《み》つけて、いきなり飛《と》び下《お》りて、ねずみを追《お》い回《まわ》しました。みんなは「あれあれ。」とさけんで、総立《そうだ》ちになって、やがて御殿中《ごてんじゅう》の大《おお》さわぎになりました。
 これで勝負《しょうぶ》はつきました。芦屋《あしや》の道満《どうまん》は位《くらい》を取《と》り上《あ》げられて、御殿《ごてん》から追《お》い出《だ》されました。そして阿倍《あべ》の晴明《せいめい》のお弟子《でし》になりました。



底本:「日本の諸国物語」講談社学術文庫、講談社
   1983(昭和58)年4月10日第1刷発行
入力:鈴木厚司
校正:大久保ゆう
2003年9月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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