「恋《こい》しくば
たずね来《き》てみよ、
和泉《いずみ》なる
しのだの森《もり》の
うらみ葛《くず》の葉《は》。」
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 母親《ははおや》がほんとうにいなくなったことを知《し》って、子供《こども》はどんなに悲《かな》しんだでしょう。
「かあちゃん、かあちゃん、どこへ行ったの。もうけっして悪《わる》いことはしませんから、早《はや》く帰《かえ》って来《き》て下《くだ》さい。」
 こういいながら、子供《こども》はいつまでもやみの中を探《さが》し回《まわ》っていました。さっき顔《かお》の変《か》わったのに驚《おどろ》いて声《こえ》を立《た》てたので、母親《ははおや》がおこって行ってしまったのだと思《おも》って、よけい悲《かな》しくなりました。狐《きつね》のかあさんでも、化《ば》け物《もの》のかあさんでもかまわない、どうしてもかあさんに会《あ》いたいといって、子供《こども》はききませんでした。
 あんまり子供《こども》が泣《な》くので、保名《やすな》は困《こま》って、子供《こども》の手を引《ひ》いて、当《あ》てどもなく真《ま》っ暗《くら》やみの森《もり》の中を探《さが》して歩《ある》きました。とうとう信田《しのだ》の森《もり》まで来《く》ると、とうに夜中《よなか》を過《す》ぎていました。けっして二|度《ど》と姿《すがた》を見《み》せまいと心《こころ》に誓《ちか》っていた葛《くず》の葉《は》も、子供《こども》の泣《な》き声《ごえ》にひかれて、もう一|度《ど》草《くさ》むらの中に姿《すがた》を現《あらわ》しました。子供《こども》はよろこんで、あわてて取《と》りすがろうとしましたが、いったん元《もと》の狐《きつね》に返《かえ》った葛《くず》の葉《は》は、もう元《もと》の人間《にんげん》の女ではありませんでした。
「わたしの体《からだ》にさわってはいけません。いったん元《もと》の住《す》みかに帰《かえ》っては、人間《にんげん》との縁《えん》は切《き》れてしまったのです。」
 と葛《くず》の葉《は》狐《ぎつね》はいいました。
「お前《まえ》が狐《きつね》であろうと何《なん》であろうと、子供《こども》のためにも、せめてこの子が十になるまででも、元《もと》のようにいっしょにいてくれないか。」
 と保名《やすな》はいいました。
「十まではおろか一生《いっしょう》でも、
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