くない顔をして、ふさぎこんでばかりいました。
その様子《ようす》を見ると、乙姫《おとひめ》さまは心配《しんぱい》して、
「浦島さん、ご気分でもおわるいのですか」
とおききになりました。浦島はもじもじしながら、
「いいえ、そうではありません。じつはうちへ帰りたくなったものですから」
といいますと、乙姫さまはきゅうに、たいそうがっかりした様子をなさいました。
「まあ、それはざんねんでございますこと。でもあなたのお顔をはいけんいたしますと、この上おひきとめ申しても、むだのようにおもわれます。ではいたし方《かた》ございません、行っていらっしゃいまし」
こうかなしそうにいって、乙姫さまは、奥《おく》からきれいな宝石《ほうせき》でかざった箱《はこ》を持っておいでになって、
「これは玉手箱《たまてばこ》といって、なかには、人間のいちばんだいじなたからがこめてございます。これをおわかれのしるしにさし上げますから、お持ちかえりくださいまし。ですが、あなたがもういちどりゅう[#「りゅう」に傍点]宮《ぐう》へ帰ってきたいとおぼしめすなら、どんなことがあっても、けっしてこの箱をあけてごらんになってはいけません」
と、くれぐれもねんをおして、玉手箱《たまてばこ》をおわたしになりました。浦島は、
「ええ、ええ、けっしてあけません」
といって、玉手箱をこわきにかかえたまま、りゅう[#「りゅう」に傍点]宮《ぐう》の門を出ますと、乙姫《おとひめ》さまは、またおおぜいの腰元《こしもと》をつれて、門のそとまでお見送りになりました。
もうそこには、れいのかめがきて待っていました。
浦島はうれしいのとかなしいのとで、胸《むね》がいっぱいになっていました。そしてかめの背中《せなか》にのりますと、かめはすぐ波《なみ》を切って上がって行って、まもなくもとの浜べにつきました。
「では浦島さん、ごきげんよろしゅう」
と、かめはいって、また水のなかにもぐって行きました。浦島はしばらく、かめの行《ゆ》くえを見送っていました。
四
浦島は海ばたに立ったまま、しばらくそこらを見まわしました。春の日がぽかぽかあたって、いちめんにかすんだ海の上に、どこからともなく、にぎやかな舟うたがきこえました。それは夢《ゆめ》のなかで見たふるさとの浜べの景色《けしき》とちっともちがったところはありませんでした。けれど
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