いや、そういうわけでもなかったのだろう。なかなか思うとおりにはならないものだよ。ところでおまえがこれから一人でくらしを立ててゆこうとしていることもわたしはようく知っているのだがね。どうもわたしの妹婿《いもうとむこ》のシュリオだって、おまえに仕事を見つけてやることはできないだろうしね。シュリオはニヴェルネ運河《うんが》の水門守《すいもんもり》をしているのだが、知ってのとおり植木|職人《しょくにん》の世話を水門守にしてもらうのは無理《むり》だからね。それにしても、子どもたちの話では、おまえはまた旅芸人《たびげいにん》になると言っているそうだが、おまえもう、あの寒さと空腹《くうふく》で死にかけたことを忘《わす》れたのかえ」
「いいえ、忘れません」
「でも、あのときはまだしも、おまえは独《ひと》りぼっちではなかった。めんどうを見る親方があった。それもいまはないし、おまえぐらいの年ごろで一人ぼっちいなかへ出るということは、いいことだとは思われない」
「カピもいっしょです」
 このときカピは自分の名を聞くと、いつものように、(はい、ここにおります、ご用ならお役に立ちましょう)というように一声ほえた
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