輪《わ》のあとを見たら言っておくれ。左のほうへ分かれる道をとって行かなければならない」と親方は力なく言った。「それが見えたら言っておくれ。そこの四つ角に円い頭のような形のいばらがある」
十五分ばかりわたしたちは風と争《あらそ》いながら歩み続《つづ》けた。しんとした夜の沈黙《ちんもく》の中でわたしたちの足音がかわいた固《かた》い土の上でさびしくひびいた。もうふみ出す力はほとんどなかったが、でも親方を引きずるようにしたのはわたしであった。どんなにわたしは左のほうを心配してはながめたろう。暗いかげの中でわたしはふと小さな赤い灯《ひ》を見つけた。
「ほら、ご覧《らん》なさい、明かりが」とわたしは指さしながら言った。
「どこに」
親方は見た。その明かりはほんのわずかの距離《きょり》にあったが、かれにはなにも見えなかった。わたしはかれの視力《しりょく》がだめになったことを知った。
「その明かりがなにになろう」とかれは言った。「それはだれかの仕事場の机《つくえ》にともっているランプか、死にかかっている病人のまくらもとの灯《ひ》だ。わたしたちはそこへ行って戸をたたくわけにはいかない。遠くいなかへ出
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