もたちもくちびるをゆがめて微笑《びしょう》するくらいではすまなくなった。みんなはいっぱい口を開けて笑《わら》いだしてしまった。
「どうもおまえ、なかなかいけるねえ。まったく」とかの女の父親が言った。
 わたしはたいへんはずかしかった。けれどもそのうちわたしは食いしんぼうと思われるよりもほんとうの話を打ち明けてしたほうがいいと思ったので、じつはゆうべ晩飯《ばんめし》を食べなかったことを話した。
「それではお昼は」
「お昼もやはり食べません」
「では親方は」
「あの人も、やはりどちらも食べませんでした」
「ではあの人は寒さばかりでなく、飢《かつ》えて死んだのだ」
 熱《あつ》いスープがわたしに元気をつけてくれた。わたしは立ち上がって、出かけようとした。
「おまえさん、どうするのだ」と父親がたずねた。
「おいとまいたします」
「どこへ行く」
「わかりません」
「パリにだれか友だちか親類《しんるい》でもあるのかい」
「いいえ」
「宿《やど》はどこだね」
「宿はありません。ついきのうこの町へ来たばかりです」
「ではなにをしようというのだね」
「ハープをひいたり、歌を歌ったりして、すこしのお金をも
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