あいつ石炭がらをくずしてしまうぞ」
「まあ、自由だけは許《ゆる》してやれ」と「先生」が言った。
 かれはわたしがさっき背中《せなか》で下へすべって行ったのを見ていた。それで自分もそのとおりをやろうとしたが、わたしの身が軽いのとちがって、かれはなみはずれて重かった。それで後ろ向きになるやいなや、石炭の土手が足の下でくずれて、両足をのばし、両手は空《くう》をつかんだまま、かれはまっ暗な穴《あな》の中に落ちこんだ。
 水はわたしたちのいる所まではね上がった。わたしは下りて行くつもりでのぞきこんだが、ガスパールおじさんと「先生」がわたしの手を両方からおさえた。
 半分死んだように、恐怖《きょうふ》にふるえがら、わたしは席《せき》にもどった。
 時間が過《す》ぎていった。元気よくものを言うのは「先生」だけであった。けれどそれもわたしたちのしずんでいるのがとうとうかれの精神《せいしん》をもしずませた。わたしたちの空腹《くうふく》はひじょうなものであったから、しまいにはぐるりにあるくさった木まで食べた。まるでけもののようであった。カロリーが中でもいちばん腹《はら》をすかした。かれは片《かた》っぽの長
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