らか温かくなるだろう」
親方ほどの経験《けいけん》を積《つ》んだ人がいまの場合こんなまねをすればこごえて死んでしまうことはわかりきっているのに、その危険《きけん》を平気でおかすということは、もう正気ではなかつた証拠《しょうこ》であった。実際《じっさい》久《ひさ》しいあいだの心労《しんろう》と老年《ろうねん》に、この最後《さいご》の困苦《こんく》が加《くわ》わって、かれはもう自分を支《ささ》える力を失《うしな》っていた。自分でもどれほどひどくなっているか、かれは知っていたろうか。わたしがかれのそばにぴったりはい寄《よ》ったときに、かれは身《み》をかがめてわたしにキッスした。これがかれがわたしにあたえた二度目のキッスであった。そしてああ、それが最後《さいご》のキッスであった。
わたしは親方にすり寄《よ》ったと思うと、もう目がくっついたように思った。わたしは目を開けていようと努《つと》めたができなかった。うでをつねっても、肉にはなんの感じもなかった。わたしがひざを立てたその間にもぐって、カピはもうねむっていた。風はわらのたばを木からかれ葉をはらうようにわたしたちの頭にふきつけた。往来《お
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