は、冷淡《れいたん》にそっぽを向いてしまった。
 わたしははじめマチアの言ったことを耳に入れようとはしなかったが、だんだんすこしずつ、わたしはまったくこのうちの者ではないのではないかと疑《うたが》い始めた。わたしはかれらに対してこれほどひどくされるようなことはなにもしなかった。
 マチアはわたしがそんなにがっかりしているのを見て、独《ひと》り言《ごと》のように言った。
「ぼくはバルブレンのおっかあから、早くどんな着物をきみが着ていたか言って寄《よ》こすといいと思うがなあ」
 とうとうやっとのことで、手紙が来た。例《れい》のとおりお寺のぼうさんが代筆《だいひつ》をしてくれた。それにはこうあった。
「小さいルミよ。お手紙を読んでおどろきもし、悲しみもしました。バルブレンの話と、あなたが拾われたとき着ていた着物から、あなたがよほどお金持ちのうちに生まれたこととわたしは思っていました。その着物はそのままそっくり、しまってありますから、いちいち言うことはわけのないことです。あなたはフランスの赤子のように、おくるみにくるまってはいませんでした。イギリスの子どものように、長い上着と下着を着ていました。白いフランネルの上着にたいそうしなやかな麻《あさ》の服を重ね、白い絹《きぬ》でふちを取って、美しい白の縫箔《ぬいはく》をしたカシミアの外とうを着ていました。またかわいらしいレースのボンネットをかむり、それから小さい絹《きぬ》のばらの花のついた白い毛糸のくつ下をはいていました。それにはどれも印《しるし》はありませんが、膚《はだ》につけていたフランネルの上着には印《しるし》がありました。でもその印はていねいに切り取られていました。さて、ルミ、あなたにご返事のできることはこれだけですよ。やくそくをしなすったりっぱなおくり物のできないことを苦《く》にやむことはありません。あなたの貯金《ちょきん》で買ってくれた雌牛《めうし》は、わたしにとっては世界じゅうのおくり物|残《のこ》らずもらったと同様です。喜《よろこ》んでください。雌牛もたいそうじょうぶで、相変《あいか》わらずいい乳《ちち》を出しますから。このごろではごく気楽にくらしています。その雌牛を見るたんびにあなたとあなたのお友だちのマチアのことを思い出さないことはありません。ときどきはお便《たよ》りを寄《よ》こしてください。あなたはほんとに優《やさ》しい、いい子です。どうかせっかくうちを見つけたのだから、おうちのみなさんがあなたをかわいがるようにと、そればかり望《のぞ》んでいます。ではごきげんよろしゅう。
[#地より9字上げ]あなたの養母《ようぼ》
[#地より2字上げ]バルブレンの後家《ごけ》より」
 なつかしいバルブレンのおっかあ。かの女は自分がわたしを愛《あい》したようにだれもわたしを愛さなくてはならないと思っているのだ。
「あの人はいい人だ」とマチアは言った。「じつにいい人だ。ぼくのことも思っていてくれる。さあ、これでドリスコルさんがどう言うか、見たいものだ」
「父さんは品物の細かいことは忘《わす》れているかもしれない」
「どうして子どもがかどわかされたとき着ていた着物を、親が忘《わす》れるものか。だってまたそれを見つけるのは着物が手ががりだもの」
「とにかくなんと言うか、聞いて、それから考えることにしよう」
 わたしがぬすまれたとき、どんな着物を着ていたか、これを父親にたずねるのは容易《ようい》なことではなかった。なんの下心なしにぐうぜんこの質問《しつもん》を発するなら、それはいたって簡単《かんたん》なことであろう。ところが事情《じじょう》がそういうわけでは、わたしはおくびょうにならずにはいられなかった。
 さてある日、冷《つめ》たいみぞれが降《ふ》って、いつもより早くうちへ引き上げて来たとき、わたしは両うでに勇気《ゆうき》をこめて、長らく心にかかっている問題の口を切った。
 わたしの質問《しつもん》を受けると、父親はじっとわたしの顔を見つめた。けれどわたしはこの場合できそうに思っていた以上《いじょう》だいたんに、かれの顔を見返した。するとかれはにっこりした。その微笑《びしょう》にはどことなくとげとげしいざんこくな様子が見えたが、でも微笑は微笑であった。
「おまえがぬすまれて行ったとき」とかれはそろそろと話しだした。「おまえはフランネルの服と麻《あさ》の服と、レースのボンネットに、白い毛糸のくつ下と、それから白い縫箔《ぬいはく》のあるカシミアの外とうを着ていた。その着物のうち二|枚《まい》までは、F《エフ》・D《デー》、すなわちフランシス・ドリスコルの頭字《かしらじ》がついていたが、それはおまえをぬすんだ女が切り取ってしまったそうだ。そのわけは、そうすれば手がかりがないと思ったからだ。なんならお
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