に手ぶくろなどがあった。まさしくこの男たちは両親の所へ品物を売りに来た商人であった。父親はいちいち品物を手に取って、ちょうちんの明かりで調べて、それを母親にわたすと、母親は小さなはさみで、正札《しょうふだ》を切り取って、かくしの中に入れた。これがわたしにはきみょうに思えたし、それとともに、売り買いをするのにこんな真夜中《まよなか》の時間を選《えら》んだということもふしぎであった。
母親が品物を調べているあいだに、父親は商人に小声で話をしていた。わたしがもうすこしイギリス語を知っていたら、たぶんかれの言ったことばがわかったであろうが、わたしの聞き得《え》たかぎりでは、ポリスメン(巡査《じゅんさ》)ということだけであった。それはたびたびくり返して言ったので、そのためわたしの耳にも止まったのであった。
残《のこ》らずの品物がていねいに書き留《と》められたとき、両親と二人の男がうちの中にはいった。そしてわたしたちの車はまた暗黒《あんこく》のうちに置《お》かれた。かれらは確《たし》かに勘定《かんじょう》をするために、うちの中にはいったのであった。わたしは自分の見たことがごく当たり前のことであると信《しん》じようとしたが、いくらそう望《のぞ》んでも、そう信ずることできなかった。
なぜあの両親に会いに来た二人の男が、ほかのドアからはいって来なかったのであろうか。なぜかれらはなにか戸の外で聞くもののあることをおそれるかのように、小声で巡査《じゅんさ》の話をしていたのであったか。なぜ母親は品物を買ったあとで、正札《しょうふだ》を切り取ったのであろうか。わたしはこの考えをとりのけることができなかった。しばらくして明かりがまた馬車の中へさしこんで来た。わたしは今度はつい我《われ》知らず外をながめた。わたしは自分では見てはならないと思っていたが、でも……わたしは見た。わたしは自分では知らずにいるほうがいいと思ったが、でも……わたしは知ってしまった。
父親と母親と二人だけであった。母親が手早く品物の荷作りをするまに、父親はうまやのすみをはいた。かれがかわいた砂《すな》をもり上げたそばに、落としのドアがあった。かれはそれを引き上げた。そのときもう母親は荷物にすっかりなわをかけておいたので、父親はそれを受け取って、落としから下の穴《あな》へ下ろした。母親はそばでちょうちんを見せていた。それからかれは落としのドアを閉《し》めて、またその上に砂《すな》をはき寄《よ》せた。その砂の上に二人はわらくずをまき散《ち》らしてうまやのゆかのほかの部分と同じようにした。そうしておいてかれらは出て行った。
かれらがそっとドアを閉《し》めたしゅんかんに、マチアがねどこの中で動いたこと、まくらの上であお向けになったことをわたしは見たように思った。かれは見たかしら。わたしはそれを思い切って聞けなかった。頭から足のつま先までわたしは冷《ひ》やあせをかいていた。わたしはこのありさまでまる一晩《ひとばん》置《お》かれた。にわとりが夜明けを知らせた。そのときやっとわたしはまぶたをふさいだ。
そのあくる朝わたしたちの車の戸を開けるかぎの音がしたので、わたしは目を覚《さ》ました。きっと父親がもう起きる時間だと言いに来たのであろうと思って、わたしはかれを見ないように目を閉じた。
「きみの弟だったよ」とマチアが言った。「ドアのかぎを開けて出て行ったよ」
わたしたちは着物を着た。マチアはわたしによくねむれたかとも聞かなかった。わたしもかれに質問《しつもん》しなかった。一度かれがわたしのほうを見たように思ったから、わたしは目をそらせた。
わたしたちは台所まで行った。けれども父親も母親もそこにはいなかった。祖父《そふ》は例《れい》の大きないすにこしをかけて、もうゆうべからすわったなりいるように、火の前にがんばっていた。そうしていちばん上の妹のアンニーというのが、食卓《しょくたく》をふいていた、いちばん上の弟のアレンが部屋《へや》をはいていた。わたしはかれらのそばへ寄《よ》って「おはよう」と言ったが、かれらはわたしには目もくれないで、仕事を続《つづ》けていた。
わたしは祖父《そふ》のほうへ行ったが、かれはわたしを見てそばへは寄《よ》せつけなかった。そうしてまえの晩《ばん》のようにわたしのほうにつばをはきかけた。それでわたしは行きかけて立ち止まった。
「聞いてくれたまえよ」とわたしはマチアに言った。「いつ、父さんや母さんは出て来るのだか」
マチアはわたしの言ったとおりにした。すると祖父《そふ》はわたしたちの一人がイギリス語を話したので、すこしきげんを直したように見えた。
「なんだと言うのだね」とわたしは言った。
「きみの父さんは一日よそへ出て帰らない。母さんはねむっている。それで出たけ
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