「うん、カピはよい犬だ。しかしやっぱり犬は犬だからな。おまえはいったいどうしてくらしを立てるつもりなのだ」
「わたしが歌を歌ったり、カピが芝居《しばい》をしたりして」
「しかしカピ一人ぼっちで、芝居はできやしないだろう」
「いえ、わたしはカピに芸《げい》をしこみます。そうだろう、ね、カピ。おまえ、なんでもわたしの望《のぞ》むものを習うだろう」
 カピは前足で胸《むね》をたたいた。
「ルミ、おまえがよく考えたら、やはり職《しょく》を見つけることにするだろうよ。もうおまえも一かどの職人《しょくにん》だ。流浪《るろう》するよりもそのほうがましだし、だいいち、あれはなまけ者のすることだ」
「ええ、もちろんわたしはなまけ者ではありません。わたしはお父さんといっしょにならできるだけ働《はたら》きます。そしていつでもお父さんといっしょにいたいと思っています。でもほかの人のうちで働くのはいやなんです」
 もちろん、たった一人、大道ぐらしを続《つづ》けてゆくことの危険《きけん》なことはよくわかっていた。それはさんざん、つらい経験《けいけん》もしている。そうだ、人びとがわたしのように流浪《るろう》の生活を送って、あの犬たちがおおかみに食べられた夜や、ジャンチイイの石切り場のあの晩《ばん》のような目に会ったり、あれほどひもじいめをしたり、ヴィタリス親方が刑務所《けいむしょ》に入れられて、一スーももうけることができず、村から村へと追い立てられたりしたようなことに出会ったら、だれだってあすはまっ暗やみ、現在《げんざい》さえも不安心《ふあんしん》でたまらないのが当たり前だ。危険《きけん》な、みじめな、浮浪人《ふろうにん》の生活をわたしは自分が送ってきたことも忘《わす》れはしないのだ。だがいまそれをやめたら、わたしはいったいどうしていいかわからないではないか。それにもう一つ、旅に出るについて決心を固《かた》くするものがあった。いまさらよそのうちに奉公《ほうこう》するよりも、わたしにはこの流浪《るろう》の旅がずっと自由で気楽なばかりでなく、エチエネットや、アルキシーやバンジャメン、それからリーズとしたやくそくを果《は》たすためにもこの旅行を思いとどまることはできなかったのだ。どうしてこのことはあの人たちを見捨《みす》てないかぎり、やめられないのだ。もっともエチエネットやアルキシーやバンジャメン
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