アの中へ、おそろしいドアの中へ閉《し》めこまれたが最後《さいご》、二度と出されることがないように思われた。
刑務所《けいむしょ》から出て来ることは容易《ようい》でないとわたしは考えていた。しかしそこへはいるのも容易でないことを知らなかった。さんざんひどい目に会って、わたしはそれを知った。
でも力も落とさず、それから引っ返してしまおうとも思わずに待っていたおかげで、わたしはやっと面会を許《ゆる》されることになった。かねて思っていたのとちがい、わたしは格子《こうし》もさくもないそまつな応接室《おうせつしつ》に通された。お父さんは出て来た。でもくさりなどに結《ゆ》わえられてはいなかった。
「ああ、ルミや、わたしはおまえを待っていた」と、わたしが面会所にはいるとかれは言った。
「わたしは、カトリーヌおばさんがおまえをいっしょに連《つ》れて来なかったので、こごとを言ってやったよ」
わたしはこのことばを聞くと、朝からしょげていたことも忘《わす》れて、すっかりうれしくなった。
「カトリーヌおばさんは、ぼくをいっしょに連《つ》れて来ようとしなかったのです」
わたしはうったえるように言った。
「いや、そういうわけでもなかったのだろう。なかなか思うとおりにはならないものだよ。ところでおまえがこれから一人でくらしを立ててゆこうとしていることもわたしはようく知っているのだがね。どうもわたしの妹婿《いもうとむこ》のシュリオだって、おまえに仕事を見つけてやることはできないだろうしね。シュリオはニヴェルネ運河《うんが》の水門守《すいもんもり》をしているのだが、知ってのとおり植木|職人《しょくにん》の世話を水門守にしてもらうのは無理《むり》だからね。それにしても、子どもたちの話では、おまえはまた旅芸人《たびげいにん》になると言っているそうだが、おまえもう、あの寒さと空腹《くうふく》で死にかけたことを忘《わす》れたのかえ」
「いいえ、忘れません」
「でも、あのときはまだしも、おまえは独《ひと》りぼっちではなかった。めんどうを見る親方があった。それもいまはないし、おまえぐらいの年ごろで一人ぼっちいなかへ出るということは、いいことだとは思われない」
「カピもいっしょです」
このときカピは自分の名を聞くと、いつものように、(はい、ここにおります、ご用ならお役に立ちましょう)というように一声ほえた
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