は、わたしが夕飯《ゆうはん》のときいなかったのを見て、なんとか言いはしなかったかい」
「リーズはお父さんの席《せき》を、なんだか見ていました」
「なんだ、わしの席を見ていたと」
「ええ」
「何べんもかい。何べんぐらい見ていた」
「それはたびたび」
「それからどうしていたね」
「『お父さんはいらっしゃらないのね』と言いたいような目つきをしていました」
「じゃあリーズは、わたしがそこにいないのはなぜだとたずねたろう。そしておまえは、わたしがお友だちのうちに行っていると答えたろう」
「いいえ、なんにもたずねませんでした。わたしもなにも言いませんでした。あの子はでもお父さんの行っていらっしゃる所をようく知っていますよ」
「なに、あの子が知ってるって。あの子が……もう早くからねこんでいるかい」
「いいえ、つい十五分ほどまえねたばかりです。お父さんのお帰りを待ちかねていたようです」
「で、おまえはどう思っていたえ」
「わたしはリーズが、お父さんのお帰りのところを見なければいいと思っていました」
 しばらく沈黙《ちんもく》が続《つづ》いた。
「エチエネット、おまえはいい子だ。あすはわたしはルイソーのうちへ行く。わたしはちかって夕飯《ゆうはん》にはきっと帰る。おまえが待っていてくれるのが気のどくだし、リーズが心配しいしいねるのがかわいそうだから」
 だがやくそくも誓言《せいごん》もいっこう役には立たなかった。かれはちっとも早く帰ったことはなかった。一ぱいでもお酒がのどにはいったら、もうめちゃめちゃであった。うちの中でこそ、リーズがご本尊《ほんぞん》だが、外の風に当たるともう忘《わす》れられてしまった。
 でもこんなことはしじゅうではなかった。レセンプラージュの季節《きせつ》がすむと、もうお父さんは外へ出ようとも思わない。むろん一人で居酒屋《いざかや》へ行く人ではなかった。そんなむだな時間を持つ人ではなかった。
 においあらせいとう[#「においあらせいとう」に傍点]の季節《きせつ》がすむと、今度はほかの花を作らなければならない。植木屋の花畑は一年じゅうむだに土地の遊んでいるひまはなかった。一つの花を売ってしまうとほかの花を売り出す仕度をしなければならなかった。セン・ピエールだの、セン・マリだの、セン・ルイだの、そういう年じゅうの祝《いわ》い日《び》にはおびただしい花が町へ出る。ピエー
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