ると、これがさかんにパリの市場に持ち出されるのであった。ただこの花でむずかしいのは、芽生《めば》えのうちから葉の形で八重《やえ》と一重《ひとえ》を見分けて、一重を捨《す》てて八重を残《のこ》すことであった。この鑑別《かんべつ》のできる植木屋さんはごくわずかで、その人たちが家の秘法《ひほう》にして他へもらさないことにしてあるので、植木屋|仲間《なかま》でも、特別《とくべつ》にそういう人をたのんで花を見分けてもらわなければならなかった。それでたのまれた人はほうぼうの花畑を巡回《じゅんかい》して歩いて、いろいろと注意をあたえるのであった。これをレセンプラージュと言っていた。お父さんはパリではこの道にかけて熟練《じゅくれん》のほまれの高い一人であった。それでその季節《きせつ》にはほうぼうからたのまれて、うちにいることが少なかった。そしてこの季節が、わたしたちとりわけエチエネットにとって、いちばん悪いときであった。なぜというと、お父さんは一けん一けん回って歩くうちに、ほうぼうでお酒を飲ませられて、夜おそく帰るじぶんには、まっかな顔をして、舌《した》も回らないし、手足もぶるぶるふるえていた。
そんなとき、エチエネットは、どんなにおそくなっても、きっとねずに待っていた。わたしがまだねいらずにいるか、または帰って来る足音で目を覚《さ》ましたときには、部屋《へや》の中から二人の話し声をはっきり聞いた。
「なぜおまえはねないんだ」とお父さんは言った。
「お父さんがご用があるといけないと思って」
「なんだと。そんなことを言って、このおじょうさんの憲兵《けんぺい》が、わたしを監視《かんし》するつもりだろう」
「でもわたしが起きていなかったら、だれとお話しなさるおつもり」
「おまえ、わたしがまっすぐに歩けるか見てやろうと思っているんだな。よし、この行儀《ぎょうぎ》よくならんだしき石を一つ一つふんで、子どもの寝部屋《ねべや》まで行けるかどうか、かけをしようか」
不器用《ぶきよう》な足音が台所じゅうをしばらくがたつかせると、やがてまた静《しず》かになった。
「リーズはごきげんかい」とお父さんは言った。
「ええ。よくねていますわ。どうかお静かに」
「だいじょうぶさ。わたしはまっすぐに歩いているのだ。なにしろおじょうさんたちがやかましいから、お父さんもせいぜいまっすぐに歩かなくてはならぬ。リーズ
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