れはとうとう心配そうにたずねた。
「ぼくは知らない。どこかへとだけしか言えない。マチア、ぼくはきみと話がしたい。だがこの人ごみの中では話もできない」
 わたしたちはそのとき、いつか広い町へ出ていた。そのはずれには公園があった。わたしたちはそこまでかけて行って、こしかけにこしをかけた。
「ねえ、マチア、ぼくがどんなにきみを愛《あい》しているか、知ってるだろう。だから今度ぼくがうちの人たちに会いに来るとき、いっしょにきみに来てもらったのは、きみのためを思ったことだったのだ。きみはぼくがなにをたのんでも、ぼくの友情《ゆうじょう》を疑《うたが》いはしないだろうねえ」とわたしは言った。
「ばかなことを言いたまえ」とかれは無理《むり》に笑《わら》って言った。
「きみはぼくを泣《な》きださせまい思って、そんなふうに笑うのだね」とわたしは答えた。「ぼくはきみといっしょにいるときに、泣けないなら、いつ泣くことができよう。でも……おお……マチア、マチア」
 わたしは両うでをなつかしいマチアの首にかけて、ほろほろなみだをこぼした。わたしはこんなに情《なさ》けなく思ったことはなかった。わたしがこの広い世界に独《ひと》りぼっちであったじぶん、かえってわたしはこのしゅんかんほどに不幸《ふこう》だとは感じなかった。わたしはすすり泣《な》きをしてしまったあとで、やっと気を落ち着けることができた。わたしがマチアを公園に連《つ》れて来たのは、かれのあわれみを求《もと》めるためではなかった。それはわたしのためではなかった。かれのためであった。
「マチア」とわたしは思い切って言った。「きみはフランスへ帰らなければならないよ」
「きみを捨《す》てて、どうして」
「ぼくはきみがそう答えるだらうと思っていた。それを聞いてぼくはうれしい。ああ、きみがぼくといっしょにいたいというのは、まったくうれしい。けれどマチア、きみはすぐにフランスへ帰らなければならないよ」
「なぜさ、そのわけを言いたまえ」
「だって……ねえ、マチア、こわがってはいけないよ。きみはゆうべねむったかい。きみは見たかい」
「ぼくはねむらなかったよ」とかれは答えた。
「するときみは見た……」
「ああ残《のこ》らず」
「そうしてきみはそのわけがわかったか」
「あの品物が、代《だい》をはらったものでないことはわかるよ。だって、きみのお父さんは、あの男たち
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