れからかれは落としのドアを閉《し》めて、またその上に砂《すな》をはき寄《よ》せた。その砂の上に二人はわらくずをまき散《ち》らしてうまやのゆかのほかの部分と同じようにした。そうしておいてかれらは出て行った。
 かれらがそっとドアを閉《し》めたしゅんかんに、マチアがねどこの中で動いたこと、まくらの上であお向けになったことをわたしは見たように思った。かれは見たかしら。わたしはそれを思い切って聞けなかった。頭から足のつま先までわたしは冷《ひ》やあせをかいていた。わたしはこのありさまでまる一晩《ひとばん》置《お》かれた。にわとりが夜明けを知らせた。そのときやっとわたしはまぶたをふさいだ。
 そのあくる朝わたしたちの車の戸を開けるかぎの音がしたので、わたしは目を覚《さ》ました。きっと父親がもう起きる時間だと言いに来たのであろうと思って、わたしはかれを見ないように目を閉じた。
「きみの弟だったよ」とマチアが言った。「ドアのかぎを開けて出て行ったよ」
 わたしたちは着物を着た。マチアはわたしによくねむれたかとも聞かなかった。わたしもかれに質問《しつもん》しなかった。一度かれがわたしのほうを見たように思ったから、わたしは目をそらせた。
 わたしたちは台所まで行った。けれども父親も母親もそこにはいなかった。祖父《そふ》は例《れい》の大きないすにこしをかけて、もうゆうべからすわったなりいるように、火の前にがんばっていた。そうしていちばん上の妹のアンニーというのが、食卓《しょくたく》をふいていた、いちばん上の弟のアレンが部屋《へや》をはいていた。わたしはかれらのそばへ寄《よ》って「おはよう」と言ったが、かれらはわたしには目もくれないで、仕事を続《つづ》けていた。
 わたしは祖父《そふ》のほうへ行ったが、かれはわたしを見てそばへは寄《よ》せつけなかった。そうしてまえの晩《ばん》のようにわたしのほうにつばをはきかけた。それでわたしは行きかけて立ち止まった。
「聞いてくれたまえよ」とわたしはマチアに言った。「いつ、父さんや母さんは出て来るのだか」
 マチアはわたしの言ったとおりにした。すると祖父《そふ》はわたしたちの一人がイギリス語を話したので、すこしきげんを直したように見えた。
「なんだと言うのだね」とわたしは言った。
「きみの父さんは一日よそへ出て帰らない。母さんはねむっている。それで出たけ
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