く》に向かって、キャベツのスープをすすっていた。そのにおいがわたしにとってはあんまりであった。わたしはゆうべなんにも食べなかったことをはげしく思い出した。わたしは気が遠くなるように思って、よろよろしながら炉《ろ》ばたのいすにこしを落とした。
「おまえさん、気分がよくないか」と植木屋がたずねた。
 わたしはかれに、どうも具合の悪いことを話した。そうしてしばらく火のそばへ置《お》いてくれとたのんだ。
 でもわたしの欲《ほっ》していたのは火ではなかった。それは食物であった。わたしはうちの者がスープを吸《す》うところをながめて、だんだん気が遠くなるように思えた。わたしがかまわずにやるなら一ぱいくださいと言うところであったが、ヴィタリスはわたしにこじきはするなと教えた。わたしはかれらにおなかが減《へ》っているとは言いださなかった。なぜだろう。わたしはひもじゅうございますと言うよりは、なにも食べずに死んでしまうほうがよかった。
 あの目にきみょうな表情《ひょうじょう》を持った女の子は――名前をリーズと呼《よ》ばれていたが、わたしの向こうにこしをかけていた。この子はなにも言わずに、じっとわたしのほうを見つめていたが、ふと食卓《しょくたく》から立ち上がって、一ぱいスープのはいっているおさらをわたしの所へ持って来て、ひざの上に置《お》いた。もうものを言うこともできなかったので、かすかにわたしは首をうなずかせて、お礼《れい》を言った。よし、わたしがものを言えたとしても、父親が口をきかせるひまをあたえなかった。
「おあがり」とかれは言った。「リーズが持って行ったのは、優《やさ》しい心でしたのだからね。もっと欲《ほ》しければまだあるよ」
 もっと欲しいかと言うのか。一ぱいのスープはみるみる吸《す》われてしまった。わたしがスープを下に置《お》くと、前に立ってながめていたリーズがかわいらしい満足《まんぞく》のため息をした。それからかの女はわたしの小ざらを取って、また父の所へ一ぱい入れてもらいに行った。いっぱいにしてもらうと、かの女はかわいらしい笑顔《えがお》をしながら、また持って来た。それがあんまりかわいらしいので、腹《はら》は減《へ》っていても、わたしは小ざらを取ることを忘《わす》れて、じっとその顔に見とれたくらいであった。二はい目の小ざらもさっそく初《はじ》めのと同様になくなった。もう子ど
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