もたちもくちびるをゆがめて微笑《びしょう》するくらいではすまなくなった。みんなはいっぱい口を開けて笑《わら》いだしてしまった。
「どうもおまえ、なかなかいけるねえ。まったく」とかの女の父親が言った。
わたしはたいへんはずかしかった。けれどもそのうちわたしは食いしんぼうと思われるよりもほんとうの話を打ち明けてしたほうがいいと思ったので、じつはゆうべ晩飯《ばんめし》を食べなかったことを話した。
「それではお昼は」
「お昼もやはり食べません」
「では親方は」
「あの人も、やはりどちらも食べませんでした」
「ではあの人は寒さばかりでなく、飢《かつ》えて死んだのだ」
熱《あつ》いスープがわたしに元気をつけてくれた。わたしは立ち上がって、出かけようとした。
「おまえさん、どうするのだ」と父親がたずねた。
「おいとまいたします」
「どこへ行く」
「わかりません」
「パリにだれか友だちか親類《しんるい》でもあるのかい」
「いいえ」
「宿《やど》はどこだね」
「宿はありません。ついきのうこの町へ来たばかりです」
「ではなにをしようというのだね」
「ハープをひいたり、歌を歌ったりして、すこしのお金をもらいます」
「パリでかい。おまえさん、それよりかいなかのご両親の所へ帰ったほうがいいだろう。ご両親はどこに住んでいなさる」
「わたしには両親がありません」
「あのひげの白いじいさんは、父さんではないというじゃないか」
「ええ、ほかにも父さんはありません」
「母さんは」
「母さんもありません」
「おじさんか、おばさんか、親類《しんるい》は」
「なにもありません」
「どこから来たのだね」
「親方はわたしを養母《ようぼ》の夫《おっと》の手から買ったのです。あなたがたは親切にしてくだすったし、ぼくは心からありがたく思っています。ですからおいやでなければ、わたしは日曜日にここへもどって来て、あなたがたのおどりに合わせてハープをひいてあげましょう」
こう言いながらわたしは戸口のほうへ行きかけたが、ほんの二足三足で、すぐあとからわたしについて来たリーズが、わたしの手を取ってハープを指さした。
「あなた、いまひいてもらいたいの」と、わたしはかの女に笑《わら》いかけながらたずねた。かの女はうなずいて手をたたいた。
「うん。ひいてやっておくれ」とかの女の父親は言った。
わたしはハープをひく元気はなかっ
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