っかあが、いつもキッスするまえにわたしをながめるときのような感じであった。ヴィタリスが死んで、わたしは世の中に置《お》き去りにされたが、でももう独《ひと》りぼっちではない、という気がした。わたしを愛《あい》してくれる者が、まだそばにいるような気持ちがした。
「ああ、そうだ、リーズの言うとおりだ。こりゃああの子も聞くのがつらいだろうが、やはりほんとうのことは言わねばならぬ。わたしたちが言わないでも、巡査《じゅんさ》が話すだろうから」
お父さんはむすめのほうへ向きながら言った。そうしてなお話を続《つづ》けながら、警察《けいさつ》に届《とど》けたことや、巡査がヴィタリスを運んで行ったことや、わたしを長男のアルキシーの寝台《ねだい》にねかしたことなどを残《のこ》らず話してくれた。この話のすむのを待ちかねて、
「それからカピは――」とわたしは聞いた。
「なに、カピ」
「ええ。犬です」
「知らないよ。いなくなったよ」
「あの犬はたんかについて行ったよ」と子どもたちの一人が言った。「バンジャメン、おまえ見たかい」
「ぼくよく知ってるよ」ともう一人の子が答えた。「あの犬は釣台《つりだい》のあとからついて行った。首を垂《た》れてときどきたんかにとび上がった。下にいろと言われると、犬はなんだかおそろしい声でうなったり、ほえたりした」
かわいそうなカピ。役者であったじぶん、あの犬は何度ゼルビノのお葬式《そうしき》を送るまねをしたであろう。それはどんなにまじめくさった子どもでも、あの犬の悲しい様子を見ては笑《わら》わずにはいられなかった。カピが泣《な》けば泣くほど見物はよけい笑った。
植木屋と子どもたちはわたしを一人|置《お》いて出て行った。まったくどうしていいか、どうしようというのかわからずに、わたしは起き上がって、着物を着かえた。わたしのハープはねむっていた寝台《ねだい》のすそに置《お》いてあった。わたしは肩《かた》に負い皮をかけて、家族のいる部屋《へや》へと出かけて行った。わたしはなんでも出かけて行かなければならない気がするが、さてどこへ行こうか。ねどこにいるうちはそんなに弱っているとも思わなかったが、起きてみるともう立つことが苦しかった。わたしはいすにすがって、やっと転《ころ》がらないょうに、からだを支《ささ》えなければならなかった。うちの人たちは炉《ろ》の前の食卓《しょくた
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