んりょしいしいこの知らせを伝《つた》えたかもしれない。けれどその人はほんの親方というだけであったと知ると、かれらはいきなり事実を打ち明けて聞かしてくれた。
 みんなの話では、あの気のどくな親方は死んだのであった。わたしたちがつかれきってたおれたその門の中に住んでいた植木屋が見つけたのであった。あくる朝早く、かれのむすこが野菜《やさい》や花を持って市場へ出かけようとするときに、かれらはわたしたちがいっしょにしもの上に固《かた》まって、すこしばかりのわらをかぶってねむっていたのを見つけた。ヴィタリスはもう死んでいた。わたしも死ぬところであったのを、カピが胸《むね》の所へはいって来て、わたしの心臓《しんぞう》を温《あたたか》かにしていてくれたために、かすかな気息《きそく》が残《のこ》っていた。かれらはわたしたちをうちの中に運び入れて、子どもたちの一人の温かい寝台《ねだい》の上にねかしてくれたのである。それから六時間ほど、まるで死んだようになってねていたが、血のめぐりがついてくると、呼吸《こきゅう》も強く出るようになった。そうしてとうとう目を覚《さ》ましたのであった。
 わたしはからだもたましいもまったくしびれきったようになっていたが、このときはもうかれらの話を聞いてわかるだけに覚《さ》めていたのであった。
 ああ、ヴィタリスは死んでしまったのである。
 この話をしてくれたのは、ねずみ色の背広《せびろ》を着た人であった。この人の話をしているあいだ、びっくりした目をして、じつとわたしを見つめていた女の子は、ヴィタリスが死んだと聞いて、わたしがいかにもがっかりしたふうをしたのを見つけると、そこを立って父のそばへ行き、片手《かたて》を父のうでにかけ、片手でわたしのほうを指さしながらなにか話をした。話といっても、ふつうのことばでなく、ただ優《やさ》しい、しおらしい嘆息《たんそく》の声のようなものであった。
 それにかの女の身ぶりと目つきとは、べつにことばの助けを借《か》りる必要《ひつよう》のないほどじゅうぶんにものを言って、そこによけい自然《しぜん》な情愛《じょうあい》がふくまれているようであった。
 アーサと別《わか》れてこのかた、わたしはつい一度もこんなに取りすがりたいような、親切のこもった、ことばに言えない情味《じょうみ》を感じたことはなかった。それはちょうど、バルブレンのお
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