、ないか、わたしにはわかる。用心しなさい」
 わたしはかれがわたしたちに対してひじょうに優《やさ》しい心持ちになっていることを見ることができた。わたしはかれに鉱山《こうざん》での経験《けいけん》をくわしく語った。
 話をしてしまうと、わたしはほとんど優しくなっていたかれの態度《たいど》から、すぐにもわたしたちを放免《ほうめん》してくれるかと思った。けれどもそうはしないで、かれはわたしを一人心配なまま部屋《へや》に残《のこ》して出て行った。しばらくしてかれは、マチアを連《つ》れてもどって来た。
「わたしはユッセルへ、おまえの話の真偽《しんぎ》を確《たし》かめさせにやる」とかれは言った。「幸いそれが真実《しんじつ》なら、あしたは放免してやる」
「それから雌牛《めうし》は」とマチアは心配そうにたずねた。
「おまえたちに返してやる」
「ぼくの言うのはそうではないんです」とマチアが答えた。「だれか雌牛《めうし》に食べ物をやっていますか。乳《ちち》をしぼっていますか」
「まあ、心配しなさんな」と検事《けんじ》が言った。
 マチアは満足《まんぞく》して、にっこり笑《わら》った。
「ああ、では雌牛《めうし》の乳をしぼったら、ぼくたちも晩《ばん》にすこしいただけないでしょうか」とかれはたずねた。
「それはいいとも」
 わたしたち二人だけになると、わたしはマチアに、ほとんど自分たちが拘留《こうりゅう》されていることを忘《わす》れさせるほどのえらい報告《ほうこく》をした。
「バルブレンのおっかあは生きているし、バルブレンはパリへ行っている」とわたしは言った。
「ああ、では『王子さまの雌牛《めうし》』もいばって乗りこめるわけだね」
 かれはうれしがっておどりをおどったり、歌を歌いだした。かれの元気につりこまれて、わたしはかれの手をつかまえた。カピはそのときまですみっこに静《しず》かに考えこんで転《ころ》がっていたが、はね上がって後足で立ちながら、わたしたちの間に割《わ》りこんで来た。それからは三人いっしょになってめちゃくちゃにおどり回ったので、典獄《てんごく》なにが始まったかと思って、とびこんで来た。たぶんねぎが気になったのであろう。かれはわたしたちにやめろと言ったが、さっきまでの様子とはだいぶ変《か》わっていた。その様子でわたしはもうたいしたことはないとさとった。そのうえもう一つの証拠《
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