の身を立てることができるようになっていた。わたしが鉱山《こうざん》にはいっていたあいだ、かれは十八フランもうけた。かれはこのたいそうな金をわたしにわたすとき、ひどく得意《とくい》であった。なぜならわたしたちがまえから持っている百二十八フランに加《くわ》えれば、残《のこ》らずで百四十六フランになるからであった。例《れい》の「王子さまの雌牛《めうし》」はもう四フランあれば買えるのであった。
 前へ進め、子どもたち。
 荷物《にもつ》を背中《せなか》へ結《むす》びつけてわたしたちは出発した。カピが喜《よろこ》んで、ほえて、砂《すな》の中を転《ころ》げていた。
 マチアは、雌牛《めうし》を買うまでにもう少しお金《かね》をこしらえようと言った。金が多いだけいい雌牛が買えるし、雌牛がよければ、よけいバルブレンのおっかあがうれしがるであろう。
 パリからヴァルセに来るとちゅう、わたしはマチアに読書と、初歩《しょほ》の楽典《がくてん》を授《さず》け始めた。この課業《かぎょう》を今度も続《つづ》けてした。わたしもむろんいい先生ではなかったし、マチアもあまりいい生徒《せいと》であるはずがなかった。この課業は成功《せいこう》ではなかった。たびたびわたしはおこって、ばたんと本を閉《と》じながら、かれに、「おまえはばかだ」と言った。
「それはほんとうだよ」とかれはにこにこしながら言った。「ぼくの頭はぶつとやわらかいそうだ。ガロフォリがそれを見つけたよ」
 こう言われると、どうおこっていられよう。わたしは笑《わら》いだしてまた課業《かぎょう》を続《つづ》けた。けれどもほかのことはとにかく、音楽となると、初《はじ》めからかれはびっくりするような進歩をした。おしまいにはもうわたしの手におえないことを白状《はくじょう》しなければならなくなったほど、かれはむずかしい質問《しつもん》を出して、わたしを当惑《とうわく》させた。でもこの白状はわたしをひどくしょげさした。わたしはひじょうに高慢《こうまん》な先生であった。だから生徒《せいと》の質問に答えることができないのが情《なさ》けなかった。しかもかれはけっしてわたしを容赦《ようしゃ》しはしなかった。
「ぼくはほんとうの先生に教わろう」とかれは言った。「そうしてぼく、質問を残《のこ》らず聞いて来よう」
「なぜ、きみはぼくが鉱山《こうざん》にいるうち、ほんとう
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