できた。あのおそろしい経験《けいけん》をおたがいにし合った仲間《なかま》が一つに結《むす》ばれた。ガスパールおじさんと「先生」は、とりわけたいそうわたしが好《す》きになった。
 技師《ぎし》も災難《さいなん》をともにはしなかったが、自分が骨《ほね》を折《お》って危《あや》ういところを救《すく》い出した子どもということで、わたしに親しんだ。かれはわたしをそのうちへ招待《しょうたい》した。わたしはかれのむすめに坑《こう》の中で起こったことを残《のこ》らず話してやらなければならなかった。
 だれもわたしをヴァルセへ引き止めたがった。技師《ぎし》は、わたしが望《のぞ》むなら、事務所《じむしょ》で仕事を見つけてやると言った。ガスパールおじさんも鉱山《こうざん》でしじゅうの仕事をこしらえようと言った。かれはわたしが坑《こう》へ帰ることがごく自然《しぜん》なように思っているらしかった。かれ自身はもうまもなく、毎日《まいにち》危険《きけん》をおかすことに慣《な》れた人の見せるようなむとんちゃくさで、また坑《こう》へはいって行った。でもわたしはもうそこへ帰って行く気はしなかった。鉱山《こうざん》はひじょうにおもしろかった。それを見たということはたいへんゆかいであったけれど、そこへ帰って行こうとはゆめにも思わなかった。
 それよりもわたしはいつも頭の上に大空を、それは雪をいっぱい持った大空でも、いただいていたかった。野外の生活がわたしにはずっと性《しょう》に合っていた。そう言ってわたしはかれらに話した。だれもおどろいていた。とりわけ「先生」がおどろいていた。カロリーはとちゅうで出会うと、わたしを「やあ、ひよっこ」と呼《よ》んだ。
 みんながわたしをヴァルセに止めたがって、いろいろ勧《すす》めているあいだ、マチアはひどくぼんやりして考えこむようになった。そのわけをたずねると、かれはいつも、なになんでもないと打ち消していた。
 いよいよ三日のうちにここを立つことをわたしがかれに話したとき、かれは初《はじ》めてこのごろふさいでいたわけを語った。
「ああ、ぼくはきみがここにこのまま残《のこ》って、ぼくを捨《す》てるだろうと思ったから」とかれは言った。
 わたしはかれをちょいと打った。それはわたしを疑《うたが》わないように、訓戒《くんかい》してやるためであった。
 マチアはいまではもう自分で自分
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