の先生から教えてもらわなかった」
「でもぼくはその先生に、きみの金からお礼を出さなければならなかったから」
わたしはマチアが、そんなふうに「ほんとうの先生」などと言うのがしゃくにさわっていた。けれどわたしのばかな虚栄心《きょえいしん》はかれのいまのことばを聞くと、すうとけむりのように消えて行かなければならなかった。
「きみは人がいいなあ」とわたしは言った。「ぼくの金はきみの金だ。やはりきみがもうけてくれたのだ。きみのほうがたいていぼくよりもよけいもうけている。きみは好《す》きなだけけいこを受けるがいい。ぼくもいっしょに習うから」
さてその先生は、われわれの要求《ようきゅう》する「ほんとうの先生」は、いなかにはいなかった。それは大きな町にだけいるようなりっぱな芸術家《げいじゅつか》であった。地図を開けてみて、このつぎの大きな町は、マンデであることがわかった。
わたしたちがマンデに着いたのは、もう夜であった。つかれきっていたので、その晩《ばん》はけいこには行かれないと決めた。わたしたちは宿屋《やどや》のおかみさんに、この町にいい音楽の先生はいないかと聞いた。かの女はわたしたちがこんな質問《しつもん》を出したので、ずいぶんびっくりしたと言った。わたしたちはエピナッソー氏《し》を知っているべきはずであった。
「ぼくたちは遠方から来たのです」とわたしは言った。
「ではずいぶん遠方から来たんですね、きっと」
「イタリアから」とマチアが答えた。
そう聞くと、かの女はもうおどろかなかった。なるはどそんな遠方から来たのでは、エピナッソー先生のことを聞かなかったかもしれないと言った。
「その先生はたいへんおいそがしいんですか」とわたしはたずねた。そういう名高い音楽家では、わたしたちのようなちっぽけなこぞう二人に、たった一度のけいこなどめんどうくさがってしてくれまいと気づかった。
「ええ、ええ、おいそがしいですとも。おいそがしくなくってどうしましょう」
「あしたの朝、先生が会ってくださるでしょうか」
「それはお金さえ持って行けば、だれにでもお会いになりますよ……むろん」
わたしたちはもちろん、それはわかっていた。
その晩《ばん》ねに行くまえ、わたしたちはあしたこの有名な先生にたずねようと思っている質問《しつもん》の箇条《かじょう》を相談《そうだん》した。マチアは求《もと》めて
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