てきた。
わたしはひじょうにねむくなった。この場所はねるのにつごうのいい場所ではなかった。じきに水の中に転《ころ》がり落ちそうであった。すると「先生」はわたしの危《あぶ》なっかしいのを見て、かれの胸《むね》にわたしの頭をつけて、わたしのからだをうででおさえてくれた。かれはたいしてしっかりおさえてはいなかったが、わたしが落ちないだけにはじゅうぶんであった。わたしはそこで母のひざにねむる子どものようにねむった。
わたしが半分目が覚《さ》めて身動きすると、かれはただきつくなった自分のうでの位置《いち》を変えた。そして自分は動かずにすわっていた。
「お休み、ぼうや」とかれはわたしの上にのぞきこんでささやいた。「こわいことはない。わたしがおさえていてあげるからな」
それでわたしは恐怖《きょうふ》なしにねむった。かれがけっして手をはなさないことをわたしはよく知っていた。
救助《きゅうじょ》
わたしたちは時間《じかん》の観念《かんねん》がなくなった。そこに二日いたか、六日いたか、わからなかった。意見がまちまちであった。もうだれも救《すく》われることを考えてはいなかった。死ぬことばかりが心の中にあった。
「先生、おまえの言いたいことを言えよ」とベルグヌーがさけんだ。「おまえ水をかい出すにどのくらいかかるか、勘定《かんじょう》していたじゃないか。だがとてもまに合いそうもないぜ。おれたちは空腹《くうふく》か窒息《ちっそく》で死ぬだろう」
「しんぼうしろよ」と「先生」が答えた。「おれたちは食べ物なしにどれくらい生きられるか知っている。それでちゃんと勘定がしてあるのだ。だいじょうぶ、まに合うよ」
このしゅんかん、大きなコンプルーが声を立ててすすり泣《な》きを始めた。
「神様の罰《ばち》だ」とかれはさけんだ。「おれは後悔《こうかい》する。おれは後悔する。もしここから出られたら、おれはいままでした悪事のつぐないをすることをちかう。もし出られなかったら、おまえたち、おれのために神様におわびをしてくれ。おまえたちはあのヴィダルのおっかあの時計をぬすんで、五年の宣告《せんこく》を受けたリケを知っているか……だがおれがそのどろぼうだった。ほんとうはおれがとったのだ。それはおれの寝台《ねだい》の下にはいっている……おお……」
「あいつを水の中にほうりこめ」とパージュとベルグヌー
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