に暗い水の中に落ちこんだ。かれがわたしに見せるつもりで持っていたランプは、続《つづ》いて転《ころ》がって見えなくなった。
たちまちわたしは暗黒の中に投げこまれた。そこにはたった一つの灯《ひ》しかなかったのであった。みんなの中から同じさけび声が起こった。幸いにわたしはもう水にとどく位置《いち》に下りていた。背中《せなか》で土手をすべりながら、わたしは老人《ろうじん》を探《さが》しに水の中にはいった。
ヴィタリス親方と流浪《るろう》していたあいだに、わたしは泳ぐことも、水にはいることも覚《おぼ》えた。わたしはおかの上と同様、水の中でも楽に働《はたら》けた。だがこのまっ暗な穴《あな》の中で、どうして見当をつけよう。わたしは水にはいったとき、それを少しも考えなかった。わたしはただ老人がおぼれたろうと、そればかり考えた。どこをわたしは見ればいいか、どちらのそばへ泳いで行けばいいか、わたしは困《こま》っていると、ふとしっかり肩《かた》をつかまえられたように感じた。わたしは水の中に引きこまれた、足を強くけって、わたしは水の面《おもて》へ出た。手はまだ肩をつかんでいた。
「しっかりおしなさい、先生」とわたしはさけんだ。「首を上に上げていれば助かりますよ」
助かると。どうして二人とも助かるどころではなかった。わたしはどちらへ泳いでいいかわからなかった。
「ねえ、だれか、声をかけてください」とわたしはさけんだ。
「ルミ、どこだ」
こう言ったのはガスパールおじさんの声であった。
「ランプをつけてください」
ランプが暗やみの中から探《さぐ》り出されて、すぐに明かりがついた、わたしはただ手をのばせば土手にさわることができた。片手《かたて》で石炭のかけらをつかんで、わたしは老人《ろうじん》を引き上げた。もう、少しで危《あぶ》ないところであった。
かれはもうたくさんの水を飲んでいて、半分|人事不省《じんじふせい》であった。わたしはかれの頭をうまく水の上に上げてやったので、どうにかかれは上がって来た。仲間《なかま》はかれの手を取って引き上げる。わたしは後からおし上げた。わたしはそのあとで今度は自分がはい上がった。
このふゆかいな出来事で、しばらくわたしたちの気を転じさせたが、それがすむとまた圧迫《あっぱく》と絶望《ぜつぼう》におそわれた。それとともに死が近づいたという考えがのしかかっ
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