そのみっともない子どもというのはむろんぼくだった。そこでぼくはもうその子とは行かないことにした。ぶたれるのは痛《いた》いけれど、そんなことをしかもおおぜいの人の前で言われるのはもっとつらい。きみはだれからも、おまえはみにくいと言われたことがないから知るまい。だがぼくは……さてとうとうガロフォリは、ぶってもたたいてもぼくには効《き》き目《め》がないのをみて、ほかのしかたを考えた。それは毎晩《まいばん》ぼくの晩飯《ばんめし》のいもを減《へ》らすのだ。きさまの皮はいくらひっぱたいても平気で固《かた》いが、胃《い》ぶくろはひもじいだろうと言った。それはつらいが、でもぼくのねずみの見世物を見ている往来《おうらい》の人に向かって、どうか一スーください、くださらないと、今夜はおいもが食べられませんとは言われない。人はそんなことを言ったって、なにもくれるものではないよ」
「じゃあ、どうするとくれるの」
「それはきみ、だれだって自分の心を満足《まんぞく》させるためにくれるのだ。なんでもなく人に物をくれるものではないよ。その子どもがかわいらしくって、きれいであるか、あるいはその人たちの亡《な》くした子ども
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