なるどころではなかった。それでもわたしたちはろうそくというやっかいな問題があるので、このうえ長くは待てなかった。
わたしはまずまっ先に現《あらわ》れて、ハープにつれて二つ三つ歌を歌わなければならなかった。正直に言えばわたしが受けたかっさいはごく貧弱《ひんじゃく》だった。わたしは自分を芸人《げいにん》だとはちっとも思ってはいなかったけれど、見物のひどい冷淡《れいたん》さがわたしをがっかりさせた。わたしがかれらをゆかいにしえなかったとすると、かれらはきっとふところを開けてはくれないであろう。わたしはわたしが歌った名誉《めいよ》のためではなかった。それはあわれなジョリクールのためであった。ああ、わたしはどんなにこの見物を興奮《こうふん》させ、かれらを有頂天《うちょうてん》にさせようと願《ねが》っていたことだろう……けれども見物席《けんぶつせき》はがらがらだったし、その少ない見物すら、わたしを『希世《きせい》の天才』だと思っていないことは、わかりすぎるほどわかっていた。
でもカピは評判《ひょうばん》がよかった。かれはいく度もアンコールを受けた。カピのおかげで興行《こうぎょう》が割《わ》れる
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