、いまのうち物を習う習慣《しゅうかん》をつけておいて、いつか回復《かいふく》したとき、むだになった時間を取り返すことができるようにしたいと考えたのであった。
ところがその日までもかの女はそれが思うようにならないでいた。アーサはけっして勉強することをいやだとは言わなかったが、注意と熱心《ねっしん》がまるでがけていた。書物を手にのせればいやとは言わずに受け取った。手は喜《よろこ》んでそれを受け取ろうとして開いたが、心はまるで開かなかった。ただもう機械《きかい》のように動いて、しいて頭におしこまれたことばを空《くう》にくり返しているというだけであった。
そういうわけでむすこに失望《しつぼう》した母親の心には、絶《た》え間《ま》のない物思いがあった。
だから、アーサがいまたった半時間でお話を覚《おぼ》えて、一時をちがえず暗唱《あんしょう》して聞かせるのを聞いたとき、かの女のうれしさというものはなかった。それはもっともなわけであった。
わたしはいま思い出しても、この船の上で、ミリガン夫人《ふじん》やアーサと過《す》ごしたあのじぶんが、少年時代でいちばんゆかいなときであったと思う。
アー
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