今度こそミリガン夫人《ふじん》はほんとうに泣《な》いていた。なぜならかの女が席《せき》を立ったとき、わたしはアーサのほおがかの女のなみだでぬれているのを見た。そのとき夫人《ふじん》はわたしのそばに寄《よ》って、わたしの手を自分の手の中におさえて、優《やさ》しくしめつけた。
「あなたはいい子です」とかの女は言った。
 わたしがこのちょいとした出来事を長ながと書くにはわけがある。ゆうべまではわたしも宿《やど》なしのこぞうで、一座《いちざ》の犬やさるたちを連《つ》れて、船のそばへやって来て、病人の子どもをなぐさめるだけの者であった。けれどこの課業《かぎょう》のことから、わたしは犬やさるから引きはなされて、病人の子どもの相手《あいて》になり、ほとんど友だちになったのである。
 もう一つ言っておかなければならないことがある。それはずっとあとで知ったことであるが、ミリガン夫人《ふじん》は実際《じっさい》このむすこの物覚《ものおぼ》えの悪いこと、もっと正しく言えばなにも物を覚えないことを知って、ふさぎきっていた。病人の子ではあっても、勉強はさせておきたいと夫人は思った。それには病気が長びくだろうから
前へ 次へ
全320ページ中200ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
楠山 正雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング