者もなかった。
 ちょっとした広場のまん中に泉《いずみ》があって、木かげがこんもりしている所を見つけると、わたしはハープを下ろしてワルツを一曲ひき始めた。曲はゆかいな調子であったし、わたしの指も軽く動いた。けれどもわたしの心は重かった。
 わたしはゼルビノとドルスに向かって、いっしょにワルツをおどるように言いつけた。かれらはすぐ言うことを聞いて、拍子《ひょうし》に合わせてくるくる回り始めた。
 けれどもだれ一人出て来て見ようとする者もなかった。そのくせ家の戸口では五、六人の女が編《あ》み物《もの》をしたり、おしゃべりをしているのを見た。
 わたしはひき続《つづ》けた。ゼルビノとドルスはおどり続《つづ》けた。
 一人ぐらい出て来る者があるだろう。一人来ればまた一人、だんだんあとから出て来るにちがいなかった。
 わたしはあくまでひき続《つづ》けた。ゼルビノとドルスもくるくるじょうずに回っていた。けれども村の人たちはてんでこちらをふり向いて見ようともしなかった。
 けれどもわたしはがっかりしまいと決心した。わたしはいっしょうけんめいハープの糸が切れるほどはげしくひいた。
 ふと一人、ごく小さ
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