何度も、何度も、おさらにかけた布《ぬの》を取ってみた。
「おまえ、衣《ころも》にかぜをひかしてしまうよ。そうするとうまくふくれないからね」とかの女はさけんだ。けれど、言うそばからそれはずんずんふくれて、小さなあわが上に立ち始めた。卵《たまご》と乳《ちち》がぷんとうまそうなにおいを立てた。
「そだを少し持っておいで」とおっかあが言った。「いい火をこしらえよう」
 とうとう明かりがついた。
「まきを炉《ろ》の中へお入れ」
 かの女がこのことばを二度とくり返すまでもなく、わたしはさっきからこのことばの出るのをいまかいまかと待ちかまえていたのであった。さっそく赤いほのおがどんどん炉《ろ》の中に燃《も》え上がり、この光が台所じゅうを明るくした。
 そのときおっかあは、揚《あ》げなべをくぎから外《はず》して火の上にのせた。
「バターをお出し」
 ナイフの先でかの女はバターをくるみくらいの大きさに一きれ切ってなべの中へ入れると、じりじりとけ出してあわを立てた。
 もうしばらくこのにおいもかがなかった。まあ、そのバターのいいにおいといったら。
 わたしがそのじりじりこげるあまい音楽にむちゅうで聞きほれ
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