って休むとしよう」
ところがこの村には一けんも宿屋《やどや》というものはなかった。当たり前の家ではじいさんのこじきの、しかも子どもに三びきの犬まで引き連《つ》れて、ぬれねずみになった同勢《どうぜい》をとめようという者はなかった。
「うちは宿屋《やどや》じゃないよ」
こう言ってどこでも戸を立てきった。わたしたちは一けん一けん聞いて歩いて、一けん一けん断《ことわ》られた。
これから四マイル(約六キロ)ユッセルまで一休みもしないで行かなければならないのか。暗さは暗し、雨はいよいよ冷《つめ》たく骨身《ほねみ》に通った。ああ、バルブレンのおっかあのうちがこいしい。
やっとのことで一けんの百姓家《ひゃくしょうや》がいくらか親切があって、わたしたちを納屋《なや》にとめることを承知《しょうち》してくれた。でもねるだけはねても、明かりをつけることはならないという言いわたしであった。
「おまえさん、マッチを出しなさい。あしたたつとき返してあげるから」とその百姓家《ひゃくしょうや》の主人はヴィタリス老人《ろうじん》に言った。
それでもとにかく、風雨を防《ふせ》ぐ屋根だけはできたのであった。
老人《ろうじん》は食料《しょくりょう》なしに旅をするような不注意《ふちゅうい》な人ではなかった。かれは背中《せなか》にしょっていた背嚢《はいのう》から一かたまりのパンを出して、四きれにちぎった。
さてこのときわたしははじめて、かれがどういうふうにして、仲間《なかま》の規律《きりつ》を立てているかということを知った。さっきわれわれが一けん一けん宿《やど》を探《さが》して歩いたとき、ゼルビノがある家にはいったが、さっそくかけ出して来たとき、パンの切れを口にくわえていた。そのとき老人《ろうじん》はただ、
「よしよし、ゼルビノ……今夜は覚《おぼ》えていろ」とだけ言った。
わたしはもうゼルビノのどろぼうをしたことは忘《わす》れて、ヴィタリスがパンを切る手先をぼんやり見ていた。ゼルビノはしかしひどくしょげていた。
ヴィタリスとわたしはとなり合ってジョリクールをまん中に置《お》いて、二つあるわらのたばの上、かれ草のたばの上にこしをかけて、三びきの犬はその前にならんでいた。カピとドルスは主人の顔をじっと見つめているのに、ゼルビノは耳を立ててしっぽを足の間に入れて立っていた。
老人《ろうじん》は命令《めいれい》するような調子で言った。「どろぼうは仲間《なかま》をはずれて、すみに行かなければならんぞ。夕食なしにねむらなければならんぞ」
ゼルビノは席《せき》を去って、指さされたほうへすごすご出て行った。それでかれ草の積《つ》んである下にもぐりこんで、姿《すがた》が見えなくなったが、その下で悲しそうにくんくん泣《な》いている声が聞こえた。
老人《ろうじん》はそれからわたしにパンを一きれくれて、自分の分を食べながら、ジョリクールとカピとドルスに、小さく切って分けてやった。
どんなにわたしはバルブレンのおっかあのスープがこいしくなったろう。それにバターはなくっても、暖《あたた》かい炉《ろ》の火がどんなにいい心持ちであったろう。夜着の中に鼻をつっこんでねた小さな寝台《ねだい》がこいしいな。
もうすっかりくたびれきって、足は木ぐつですれて痛《いた》んだ。着物はぬれしょぼたれているので、冷《つめ》たくってからだがふるえた。夜中になってもねむるどころではなかった。
「歯をがたがた言わせているね。おまえ寒いか」と老人《ろうじん》が言った。
「ええ、少し」
わたしはかれが背嚢《はいのう》を開ける音を聞いた。
「わたしは着物もたんとないが、かわいたシャツにチョッキがある。これを着てまぐさの下にもぐっておいで。じきに暖《あたた》かになってねむられるよ」
でも老人《ろうじん》が言ったようにそうじき暖かにはならなかった。わたしは長いあいだわらのとこの上でごそごそしながら、苦しくってねむられなかった。もうこれから先はいつもこんなふうにくらすのだろうか。ざあざあ雨の降《ふ》る中を歩いて、寒さにふるえながら、物置《ものお》きの中にねて、夕食にはたった一きれの固《かた》パンを分けてもらうだけであろうか。スープもない。だれもかわいがってくれる者もない。だきしめてくれる者もない。バルブレンのおっかあももうないのだ。
わたしの心はまったく悲しかった。なみだが首を流れ落ちた。
そのときふと暖《あたた》かい息が顔の上にかかるように思った。
わたしは手を延《の》ばすと、カピのやわらかい毛が手にさわった。かれはそっと草の上を音のしないように歩いて、わたしの所へやって来たのだ。わたしのにおいを優《やさ》しくかぎ回る息が、わたしのほおにも髪《かみ》の毛《け》にもかかった。
この犬はなにをしようと
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