古くなって馬が着ても暖《あたた》かくなくなったようなしろものを、持って来たにちがいない。
「どこでもこんなものかしら」と、わたしはあきれてたずねた。
「なにがさ」
「子どもを置《お》く所は、どこでもこんなかしら」
「そりゃ知らないがね、きみはここへは来ないほうがいいよ」と、少年は言った。「どこかほかへ行くようにしたまえ」
「どこへ」
「ぼくは知らない。どこでもかまわない。ここよりはいいからねえ」
 どこへといって、どこへわたしは行こう。――ぼんやり当てもなしに考えこんでいると、ドアがあいて、一人の子どもが部屋《へや》の中にはいって来た。かれは小わきにヴァイオリンをかかえて、手に大きな古材木《ふるざいもく》を持っていた。わたしはガロフォリの炉《ろ》にたかれている古材木の出所と値段《ねだん》もわかったように思った。
「その木をくれよ」とマチアは子どものほうへ寄《よ》って行った。けれど子どもは材木を後ろにかくした。
「ううん」とかれは言った。
「まきにするんだからおくれよ。するとスープがおいしくにえるから」
「きみはぼくがこれをスープをにるために持って来たと思うか。ぼくはきょうたった三十六スーしかもらえなかった。だからこの材木《ざいもく》をぶたれないおまじないにするのだ。これで四スーの不足《ふそく》の代わりになるだろう」
「やっぱりやられるよ。なんの足しになるものか。順《じゅん》ぐりにやられるんだ」
 マチアはそう機械的《きかいてき》に言って、あたかもこの子どもも罰《ばっ》せられると思うのがかれに満足《まんぞく》をあたえるもののようであった。わたしはかれの優《やさ》しい悲しそうな目のうちに、険《けわ》しい目つきの表れたのを見ておどろいた。だれでも悪い人間といっしょにいると、いつかそれに似《に》てくるということは、わたしがのちに知ったことであった。
 一人一人子どもたちは帰って来た。てんでんにはいって来ると、ヴァイオリン、ハープ、ふえなど自分の楽器を寝台《ねだい》の上のくぎにかけた。音楽師《おんがくし》でなく、ただ慣《な》らしたけものの見世物をやる者は、小ねずみやぶたねずみをかごの中に入れた。
 それから重い足音がはしご段《だん》にひびいて、ねずみ色の外とうを着た小男がはいって来た。これがガロフォリであった。
 はいって来るしゅんかん、かれはわたしに目をすえて、それはいやな目つきでにらめた。わたしはぞっとした。
「この子どもはなんだ」と、かれは言った。
 マチアはさっそくていねいにヴィタリス親方の口上《こうじょう》をかれに伝《つた》えた。
「ああ、じゃあヴィタリスが来たのか」とかれが言った。「なんの用だろう」
「わたしはぞんじません」とマチアが答えた。
「おれはきさまに言っているのではない。この子どもに話しているのだ」
「親方がいずれもどって来て、用事を自分で申し上げるでしょう」と、わたしは答えた。
「ははあ、このこぞうはことばの値打《ねう》ちを知っている。要《い》らぬことは言わぬ。おまえはイタリア人ではないな」
「ええ、わたしはフランス人です」
 ガロフォリが部屋《へや》にはいって来たしゅんかん、二人の子どもがてんでんにかれの両わきに席《せき》をしめた。そしてかれのことばの終わるのを待っていた。やがて一人がそのフェルト帽《ぼう》をとって、ていねいに寝台《ねだい》の上に置《お》くと、もう一人はいすを持ち出して来た。かれらはこれを同じようなもったいらしさと、行儀《ぎょうぎ》よさをもって、寺小姓《てらこしょう》が和尚《おしょう》さんにかしずくようにしていた。ガロフォリがこしをかけると、もう一人の子どもがたばこをつめたパイプを持って来た。すると第四の子どもがマッチに火をつけてさし出した。
「いおうくさいやい。がきめ」とかれはさけんで、マッチを炉《ろ》の中に投げこんだ。
 この罪人《ざいにん》はあわてて過失《かしつ》をつぐなうために、もう一本のマッチをともして、しばらく燃《も》やしてから主人にそれをささげた。けれどもガロフォリはそれを受け取ろうとはしなかった。
「だめだ。とんちきめ」とかれは言って、あらっぽく子どもをつきのけた。それからかれはもう一人の子どものほうを向いて、おせじ笑《わら》いをしながら言った。
「リカルド、おまえはいい子だ。マッチをすっておくれ」
 この「いい子」はあわてて言いつけどおりにした。
「さて」とガロフォリは具合よくいすに納《おさ》まって、パイプをふかしながら言った。
「おこぞうさんたち、これから仕事だ。マチア、帳面だ」
 こう言われるまでもなく、子どもたちはガロフォリのまゆの動き方一つにも心を配っていた。そのうえにガロフォリがわざわざ口に出して用向きを言いつけてくれるのは、たいへんな好意《こうい》であった。
 ガロ
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